先日友人の母親が長い闘病生活の末、亡くなられました。 仕事を辞めて、「家事手伝いを始めるんだ」と話していた彼女に、知らなかったとは言え、「おお、私も仕事辞めたいなぁ」なんて軽口きいたことが深く悔やまれます。「いいでしょ」なんて明るく笑ってたけど、それから数ヵ月後に お母さんがご病気であることを人伝に耳にいれ、居た堪れなくなったのが思い出されました。 最後は家族みんなで看取る事が出来た、と言っていたけど、どんなにか寂しいだろう…悲しいだろうと思うとギュウっと胸が締め付けられたようになります。
「親がいるとか、働いて家に帰ってご飯食べてとか、 当たり前の普通のことが本当はどんなに幸せなことかって思う」
と、お通夜の席でポツリともらした言葉が、深く深く心の中に沁み込んできました。
当たり前すぎて気づかない幸せというものが本当に沢山沢山私の周りにはあって、でも本当に自分にとって当たり前すぎて、その幸せを幸せと普段は思えなくて、こんな時に思い知って身震いします。 アフリカで青年海外協力隊として働いている友人から手紙が来て、似たような事を書いていました。
「私が私を知っている全ての人にアフリカから言いたいことは アフリカの私をたまにでも思いだして、少しでも心配してくれるのなら、 どうか日本で、水や電気や石油や食べ物や時間や家族や友達を大切にしてくださいということです。」
うん、本当だね。 本当に本当だね。
私は直ぐに幸せに慣れきって、忘れてしまうから、大事な大事な事は日記に書きとめておこうと思いました。
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