富野由悠季の「新訳」聖書 - 2004年09月17日(金) 10月14日〜17日にわたって開催される、 「東京国際ファンタスティック映画祭2004」で、 来春公開予定の「機動戦士Zガンダム−星を継ぐ者−」が、 プレミア上映されることになった。 http://www.tokyofanta.com/2004/ ここで驚いたのは、本作の英語タイトルである。 「MOBIL SUIT Z GUNDAM A New Translation -HEIRS TO THE STARS-」 「A New Translation」とは「新訳」という意味であるが、 どうもここには「新約」、つまり新約聖書のことが暗喩されているように思える。 なぜなら、今回の映画版Zガンダムに関する富野監督の発言の中に、 「主人公の少年はイエス・キリストのようにすべての受難を背負って云々…」 という言葉があったからだ。 いわばファーストガンダム3部作が「旧約聖書」であり、 今回のZガンダム3部作が「新約聖書」という位置付けなのだろう。 富野監督は本作でアメリカ進出を狙っているらしい。 宮崎駿が世界で評価され、自分が関わっていないガンダムシリーズが、 ことごとく海外で受けていることに対する嫉妬と怒りの現れだろう。 年齢的にもこれが最後のチャンスだと思っているに違いない。 主人公カミーユをイエスに見立てたのは、 メル・ギブソンの「パッション」が話題になっていたことを踏まえて、 のことだろう。 そもそもZガンダムとは、ファーストガンダムが大ヒットしたあとを受けて、 商業的必要に迫られて作られたような作品だ。 当時の監督は、一度終わったガンダムを、 なぜもう一度やらなければならないのか、 という思いが強かったらしい。 そこで富野監督は本作で「ガンダム神話の破壊」を試みる。 その代表ともいえるのが、 エンディングにおける主人公カミーユの精神崩壊だ。 救いようのない物語にすることで、 ガンダムを商業的価値のないものにしたかったのだ。 そのような背景から生まれたZガンダムが、 新たな聖書となろうとしているのは、なんとも皮肉な話だ。 何せ、聖書の世界では旧約聖書よりも、 新約聖書のほうが数多く出版されているのだから。 筆者にとってのZガンダムとは、 急激な時代の変革に飲み込まれた人々の物語である。 それ以上でもそれ以下でもない。 だから好きなのだが。 ...
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