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2002年09月24日(火)

3日間の変動

いやぁ、3連休でした。
こってりこってり、人の家で眠り続けて体重を2kg増やして帰宅しやした。

と、帰り道。2台のトラックがとぉ〜っても邪魔でして。
「○○○ステップ」
と車体に書かれていましてねぇ・・・はて?
積荷を見て納得しました。足場屋さん(っていうの?)ですな。
どこかのお宅が外壁でも修復するんでしょう。足場の材料がてんこもりでした。

父上が工場をやっていた関係で、ちょっとばかしそんな事を知っています。
そして、そんな娘のお気に入りの番組は「劇的ビフォーアフター」。
空間(建築)デザインをやりたかったけれど無理で、じゃぁインテリアデザインをと思ったけど、それも根性無く。ではではディスプレイデザイナーにと思った時には歳を食い、安い賃金から始める根性もやっぱりなく。今に至ると。
一応、デザイナーっつーカタカナは付く職業だけれど、あたしは立体に憧れるのですわ。

ってことで、ヘタレ人間の今日の歩けシリーズはこり。



ふっ、、、何に見えますかぃね?うなぎいぬっす。
我姉妹は、あたしのことを「うなぎいぬ」に似ていると申します。酷いです(TT)

さてさて。
冒頭にも書きましたが、眠ってばかりの3連休でして。
その中で、拉致問題をテレビでぼーっと観ておりましたところ、とある方が
「11人の拉致を認めたということは、100人が拉致されたとしても不思議はない」
というような事を仰っておりました。
それは、まるでゴキちゃんが1匹居たら何百匹居るという発想みたいで、宜しくないと心で呟いてみましたが、でも、それは言えるかもしれないと。

ただ、この一連のニュースに対し外務省の対応が・・という意見をお相手もしておりまして。
あたしとしては、
「ここまで漕ぎ着けた事は、少なからず努力を認めてあげてもいいのでは?」
だったのですが、とある番組で
「(交渉をここまで漕ぎ着けた)努力が流されてしまっている」
要は、あたしの思った外務省としての拉致を認めさせ、生存確認まで北朝鮮にさせたという努力が、他の外務省叩きのニュースで流れてしまったという、お役人のコメントを観て、ああ、やめた。認めるのはやめた。と思ってしまったのでした。

そんな中。22日日曜の深夜のことです。
あたしがこってり眠っていた家の主であるお相手は、飲みに出かけ居りませんでした。
午前2時すぎの事です。健康的な方なら眠っているであろう時間です。あたしもウトウトしておりました。
携帯が鳴り響きました。見覚えの無い番号です。とりあえず、出ました。
「○○です」相手は言いました。そう。例のHの旦那です。

深夜2時過ぎっすよ?

「ああ、どうも」一応、返事しました。
「子供生まれたっ!」嬉しいのでしょうね。報告されました。
「ああ、おめでとうございます」社交辞令を返しました。

この数日前に、あたしはH家にお別れメールを出しています。
この夫婦。数ヶ月前にPCを購入したばかり。メルアドは共有のものです。
どうやら、見ていないだなと思いました。

「色々ありがとうっ!」

と、何が有難うなのか分からないけど、お礼を言われて電話を切りました。
いっくら、嬉しくとも。夜中2時に電話してくるのは非常識ではないですか?
しかも、「ありがとう」って何さ?
あたしのせいで、ご夫婦は気分を害していたと奥様から聞いておりますが?
お礼を言われることなど、何一つあたしはしておりませんことよ。おほほほほ。

その同じ22日。
本日自宅に戻ってメールチェックをしたところ、別の友人からのメールにて。
「お婆ちゃんが今日亡くなったの」
と来てまして。その友達のことがあたしは大好きで。
というのは、彼女は御両親や祖父母をとても大切に想ってる子だっていうのもあるんすね。
そんな子なので、あたしの父上が亡くなった時も、自分の事のように泣いてくれましたの。

だので、あたしは、とても複雑な心境になりました。
生まれる者もあれば、その影で亡くなる者もあり。
当たり前のことが、偶然に重なっただけなのですが。
なにやらズッシリ重みを増しました。

まだ、そんな偶然の重なりを知らずに自宅に戻ってきた朝。
駐車場に着くなり、金木犀の香りにびっくりしました。
金曜の夜には、全くもって匂わなかったものですから、辺りを見回しました。
あたしが、3日間、こってり眠っている間に、すっかり秋なのだと感心感心。
自宅までの道々のお宅の庭は、金木犀だらけ。
こんなに、沢山あったんだっけ?と、7年も住んでいるのに改めて感心しました。

そして、自宅に戻り、何かが違う・・・
金曜日に、裏のじぃ様が哀愁漂わせて凝視されていた「おしろい花」が、根こそぎ無くなっておりました。
あたしが、3日間、こってり眠っている間に、すっかり丸坊主にされていました。
きっと、お隣のおじぃさんがやったのでしょう。お休みなのにご苦労さまです。
7年も住んでいるのに、植え替えをなさってたなんて、知りませんで。すみませぬ。

そして、先程、昼休みを利用して父上の墓参りに行って参りました。
行く前に、父上のタバコを買いに行き戻ってきたところ、道を挟んでオバちゃんが会話をしておりました。
要は道の両端に居られる訳で、幅2m強ぐらいでしょうかね?空けて会話をしている訳です。
なにやら、距離感があるお二人ですこと。
そんな事を考えつつ墓参りに行きました。

23日に、母上、我姉妹1名(3姉妹なので)、父上の弟夫妻がいらしてたと聞いてましたが、案の定、花だらけでした。
御墓の前で、
「父上、花が好きだものな。生前から花が好きだって言ってると、こうなった時に得するな」
などと、他のお墓さんと比べて格段に花の量が多い父上のお墓に、少々感慨深げになりました。

そして、もういっぱいであるにも関わらず、
「そんなに詰め込むなって?まぁまぁ、いいじゃんか」
と呟きつつ、新たに持参のお花を添え、好物のウーロンハイとタバコを供え、水をかけ、お線香を焚き焚きしておりましたところ。
手足に仲良く二箇所ずつ。蚊に喰われてしまいました。

常々、病人というものは、見舞い客が一編に来ることを残念に思うと知って居ったので、23日という月命日&お彼岸に、天邪鬼な娘は行かなかったのです。
「みんな、バラけて来てくれたら退屈しないのに」
この言葉を、あたしは入院した父上からも義兄からもお相手からも聞いており、あたしもそうだったからでしょうな。
だので、日付をずらしたのですが。
蚊の攻撃に耐えられず、せっせと御墓の手入れ(?)だけして帰ってきてしまいました。

蚊に喰われた腕を掻きつつ自宅に戻ろうとすると、
行く前に2mの距離を空けて会話していたオバちゃん達が、木陰側の壁に寄り添って話しておりました。
墓参り。所要時間約45分。
45分の間に、二人のオバちゃんの距離は縮まったものと思われます。

そして、家に入ると、誰も居ない家なのに、下の階にある親機が
「コキ シヨウチュウ」
と申しておりました。
正確にはディスプレイに文字が出ておっただけですが。
まぁ、良くあることです。
子機の充電器の接触が変なのだと、勝手に思っております。

それよりも、今、問題なのは。
金曜日の夕方に、ちょっとだけ封を開けて飲んだ、この牛乳。
約4日後の今日も飲んで、平気なのでしょうか?

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