浪奴社員の呟く
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| 2004年06月20日(日) |
めっきり忘れてたんやけど |
今日て、俗に言う『父の日』やねんてな。へぇ〜、んで新聞とかに『カッコイイパパになる!』とか特集されてたんやな。へぇ〜。ワシわ盆前最後の休みやのに、庭掃除手伝わされたわ。。。ぇ〜…高枝切りバサミです。3mです。ん〜疲れた。。。とわ云いながら、どのみち「休み=ゴロゴロ」の法則やしな、エェよエェよ。美味しいお店にディナーすることもないし、気になる映画を観ることもないし、ただ3時〜4時に真昼の動物番組さえ見れたらそれでエェんでな。働かせてもらいますよ。
そろそろ講習のテキスト作らなホンマにヤバイな。な〜んか、今年のスケジュール、気がついたら超過密になってる。。。ぅぅ…ちなみに次の休みは早くて8月12日でございます。ぅぅ…ちょっと詰め過ぎたかな。。。どっかの医者の格好して「ハィ、今日はどうしましたかぁ〜?」とかゆーてる誰か、手伝って…くれへんやろーな。。。
ワシが小6の時にちょっと通った大手塾のH学園、当時の塾長やったM田センセーが独立してN学園を立ち上げて、も〜10年以上になるんかな。N学園は先日東京進出を果たしたんやけど、ん〜スゴイな。当時の『常在戦場』から今は『克己』になったらしー、ハチマキ。それ締めながら今も第1線でやってはるんやな。上手いこといってほしいと思う。
そのM田センセーの話を少々。算数のセンセーやねんけど、授業前30分くらいかな、建物の3階ロビーに現れて子供らの質問を受け付けるんよ。それがな、も〜〜ぉのスンゴイねん。とにかく100人近い子供が一斉に列を成すんやけど、その全員を受け付けるために一人当たり30秒くらいでばばばぁ〜〜っ!てこなしはんねん。んで、こっちも頑張ってついていくんやけど、とてもとても速い速い!喋るスピードなんか、今のワシよりも速いやろーな。んで、当然ワシもその質問をしたくて(←意外とミーハーだな。)、1時間くらい前に塾行って、んで3階で待ち構えるわけやねん。既に20人くらいは並んでるんやけど、ワシも安全圏確保!とか思いながら「コレ、質問しよう。」とか思いながらM田センセー来るんを待ってたんよな。んで、順番なって「ハィ〜どれぇ〜?」「コレが判らんのですが…」「コレな、コレわココをこないしたらこうなるやろ、やからこういう風になってこうこうすると、こうなるわけや、判るかな?(←この間15秒程度。)」「…ハィ!(←ウソ。)」「はぃ〜頑張ってぇ〜次ぃ!」そういう時間を持つことさえも、一種のステータスみたいな風潮もあったんかな。
M田センセーの口グセに「すっばっらっしぃ〜!」てのがあってんけどな、スペシャルな回答をしたらそない言ってもらえるんやけどな。ワシもそない言って欲しかったんやけど、むしろ逆に『ワースト1の3冠』やったんよな。。。 当時算数は確か2時間1授業でな、その中で計算・算数1・算数2の3つの試験をすんねんな。で、H学園では試験後即隣の子と答案用紙交換さして採点させんねんな。で、今日の試験のベスト3、ワースト3をそれぞれ黒板に書き出すわけやねん。ワシわなんぞのまぐれで、不相応にも上のほうのクラスに入れられたことあってな。そのときの算数のセンセーがM田センセーやってんけど、痛かったわ…「はぃ〜ワースト1、浪奴社員〜!」まぁ、これわその子の闘争本能を掻き立てるための言葉やねんけど、それ、3つの試験で連続やってしまったんよな、ワシ。。。隣のヤツとかにも「ぅゎ、オマエアホやな。」とかハッキリ言われてしまうしな。。。やけど、一番痛かったんわ、やっぱM田センセーの授業でそれやってしまったことやろーな。。。M田センセーに「頑張れよー!」とまで言われてしまったしな。。。ィャ…そやなくて、ワシわあの口グセを聞きたくて…どはぁ。。。
その後クラス替えでワシわ相応なクラスになったんやけど、すぐにH学園辞めて京都の塾に行くことなったんよな。べつにイヤになったわけやなくてな、単にアニキと同じ路線に乗っただけ。やから、今でもH学園に対していい印象持ってるしな。ィャ、大恥かいたんも、ワシが不出来やったからやさかい。それにそこで鍛えられたお陰で、京都の塾でわかなりエェ思いさしてもらえたし。
やっぱな、凄腕て言われるセンセーには、独特のオーラがあるんやと思うねん。教える側が頑張る前に、教えられる側に「認めてもらおう!」て思わせてしまうようなモンがあると思うねん。ワシわこない小っこいトコやけど、M田センセーと同じ職種になってるし、同じ科目が売りの講師やさかいな、少しでもそんな風になれたらエェな、てちょっと思ったんよ。てなことで今日は、ててなし子の擬似父回顧録でした。
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