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気まぐれ雑記帳。

 2020年04月24日(金)   『彼への愛はガラパゴス』(大石歴18年記念*)


大石が一番の好きなキャラになって丸18年が経った。


18年て(笑)



しかし、度々「私は本当に大石秀一郎のことが好きなのか」と考えることがある。
私が追いかけているのは大石秀一郎そのものではなく大石秀一郎の幻影なのではないか…と。
(まあどちらにせよ痛いのだが←)

18とか特に区切りの良い数字でもないけど
長年気にかかっていたことを文字に起こしてみようという次第。



まず私が大石を好きになったきっかけ。

ジャンプを隣に住んでる男の子に度々借りてたけど、
決まった漫画しか読んでなくて、テニプリはスルーしてた(ごめぬ)
(そういえば、当時「テニ王」って略し方もあったよね、消えたね)

アニメが始まってなんとなーく見るようになって、
「この不二先輩って人カッコいいなー」なんて思いながらぼんやり見てた。
更にいうと、大石のことは「一本毛」って認識してた(笑)

なお当時の私のメインジャンルはテイルズでファンサイトも持ってて、
今更ながらレツゴに同人的な意味でハマったので
レツゴメインのよろずサイトを新設している最中であった。


そんなある日学校のヲタ友と一緒にアニメイトに行った。
特別欲しい物もないので店内をふらふらしていた、ら。

天井から吊り下がっている不二様(開眼)(生足)のポスター!!!

当時の日記に「口を開けて呆然と数分見つめてしまった」って書いてあった(笑)
これに運命的な物を感じた私はテニプリを度々勧めてきてた友人に全巻借りることにした。


そして…見事にドハマリする。
こりゃ借りてる場合じゃない、と全部返してすぐさま自分で全巻揃えた(笑)

ストーリーを読み進めて「不二先輩が一番カッコいいと思ってたけど、菊ちゃんが一番好きかも〜vV」となる。
日記曰く次点でリョーマと海堂。
んで「あとフクブッチョも悪くないよね(笑)」とか書いてあるw
フクブッチョてw懐かしいなwwてか(笑)てw(笑うな)
この頃には一本毛と呼ぶのはやめていた。
だって、よくみたら二束あったんだもん(そこ!?)

当時はこの5人が五強で、漫画を読み返すたびに一番の好きキャラが変わった。
オタクなので二次創作サイトの影響も多大に受けた。
一番の推しカプは当時から大菊。
ルドルフ戦が終わって大石が英二を肩に担いで「充電…切れちった」のあのシーン、
「英二の左手、掲げてるように見せて大石のお腹をさすってるように見えないこともない」
という意味不明なきっかけで目覚めた。
あと、このときの斜め下からのアングルの大石は普通にカッコいい。

大菊サイトを見たり薄い本を買って読んだり、
勢いで自分も大菊小説などを書いたりしているうちに私の中の大石熱が上がっていく。

大石フクブッチョのことが好きかもしれん。
でもまだ「もしかしたら一番好きかもな?」程度。
菊と不二と揺らいではいた。

そんな中、腐男子の兄上に「お前ドリーム小説って知ってる?w」と聞かれる。
知らんなんだそれは。

キャラとの恋愛?とな??
「大石ってドリーム向きらしいよ」
と言われたが、ドリーム向きとは。

よくわからんけど検索してみて初めて読んだドリーム小説。
中3なりたて、実年齢で大石フクブッチョが大石先輩ではなくなったそんな頃のこと。(遠い目)

なるほど。これはいいぞ(笑)

新境地を開いた気がした。
なるほどな、自分はマネージャーとかクラスメイトになれるのか。
もっと読みたいし、なんならちょっと書いてみたくなったな(笑)

そのとき4月半ば。
私は自分の誕生日である5月6日に、先述したレツゴ中心よろずサイトをオープンしようと思っていた。

っていうか大石の誕生日ってオープン直前の4月30日じゃなかった?
というわけで急遽大石の誕生日に仮オープンという形でサイトを公開することにした。
その時点でテニプリメインにしよう、と方向修正が決定したし、
オープンしてみたらうっかりテニプリオンリーになってた(笑)

オープン時に何か作品があった方が良いな、誕生日だし大石がええやろ、
ということで初めて大石夢を書き始めた。
それが4月24日。
書きながら確信した。
「私、大石が一番好きだわ」と…。


とまぁ、こんな風にオタクにしてはまあよくある(?)感じで大石が一番好きなキャラになった。

しかしここで私の人生が急展開する。


親の都合でドイツへ引っ越すことが決まった。
まさかその後手塚がドイツにやってくるなんて知らない頃である。

環境は一変した。
毎週借りて読んでたジャンプは読めなくなった。
(電車に30分乗って行った先のとある本屋さんで10ユーロ(≒1300円)で2週遅れのジャンプは買えたが。。)
毎週見てたアニメは見られなくなった。
語り合うリアルの友達が居なくなった。
アニメイトに行けなくなった。
イベントにも行けなくなった。
日本に残った兄上と、私の親友(ギリ顔の面識はあるレベル)が私の代わりに二人でテニプリイベントに行ったときは笑っちゃったよねw

しかし、自分の努力ではどうにもならないことなので
悔しい悲しいの感情はあまり生まれなくて、
「そういうものなのだ。」とフラットな感情で受け止めるようになった。


そこで、私は気づく。

「手に入らないなら自分で創るしかなくない?」。


こうして、今にも繋がる自給自足人生が始まる。
幸運なことにインターネッツが普及した時代だった。
オタクの3人に1人(※実際知らんけど感覚こんなもん)は個人サイトを持つ時代だ。
私も例に漏れず、テニプリオンリーになった例のサイト(現存の我が家)をかなりの熱量を注ぎ込んで更新した。

小説とにかく書いた。
サイトは大石中心オールキャラを名乗ってただけあって、
大石夢とか大菊とか書きまくってたしそれ以外も相当書いた。
他校も書いたことのないキャラはほとんどないってくらい書いてた。CPも夢も。
2003年はとある事件で頭が狂って1日で17作書いたし1ヶ月で117作書いたし年間400作超えした。はっきりいって異常である。

ペースは低いけど絵や漫画も書いてた。
ゲームもいくつか作って配布した。
毎週メルマガ配信した時期もあった。
ネットラジオ公開してる時期もあった。
100質答えまくってたし配布もしてた。(荒カチ好きに100の質問w)

あんま覚えてないけどサイトの毎日更新は確か3年くらい続いたんじゃなかったかな?
少なくとも日記(ここ)は毎日書いてた。
もう、できることは全部やろうって感じだったよね。


なんでかって?

公式が入って来ないから妄想で補完するんだよ!!!


そんな中、青学メンバーがアニプリで手塚に会いにドイツに来る回があったときは発狂した。
大石がドイツに来たとき、私ドイツにいたんだよ、すごくない…?

さてじゃあ↑こういう情報をどうやって得ていたかというと、
「皆さんのネタバレ感想を見る」と「公式サイトで予告を見る」だったよね…!

まずネタバレ感想。これにどれだけ救われて来たことか(笑)
皆さんのweb日記を巡っては白文字反転させて「今週はそんなことが…!?」ていうのをかき集めてたw
(かき集めないといけないのは、人によって着目してるキャラやシーンが違うから)
想像力が備わったし、後日実物見ると
「想像以上だった…(ぶくぶく)」ってなるからネタバレ地雷ですとはならなかった。
私の4年間を支えてくれたのは皆様の反転白文字ネタバレです(合掌)

そして、もう一つの供給源が、公式サイトのアニプリ予告!
知ってます?アニプリ公式サイトは毎週予告編を更新してくれてたんですよ。
リアルタイムでアニメ見てた人でも知ってる人少ないんじゃないかなw
だので私はそれを見ては「来週の話どうなるんだろー!?」とみんなと盛り上がっていた、という。
なんなら当時の日記では予告感想とか書いてたw
30秒の動画で原稿用紙20枚分書くぞ私はww
(※原稿用紙20枚…このエンピツweb日記で書き込める上限。8000字。フィーバーすると度々越してたw)

これが唯一のリアルタイム(?)に触れられる公式で、
あとは兄上宅配便で数ヵ月遅れでまとめて手に入るMDやDVDやらでグッズやらでフィーバーして
それを数ヵ月反芻し続けてそれらを燃料に次の創作に挑む…ていう人生だった。

テニプリ全盛期かつ個人サイト全盛期。
オールキャラかつ毎日更新してるだけあって、お客さんは結構たくさん日参してくれた。
カウンターはだいたい毎日200回ってた。これ、個人サイトだとなかなかな数字である。

書けば書くだけ感想もらえた。
リクエストが来るので他校もよく書いた。
だけど私は大石作品を書くのが一番好きだったのでやっぱり大石が多めではあった。
半分大石で残り半分を全キャラに割り当てるくらいだったかな。


2002-2006年はだいたいそんな感じだった。
多感な中学〜高校時代を海外で過ごした結果、
公式からの供給を極限まで削られた飢えたオタクとなり、
作り手としてのスキルを高めまくったのだ(笑)



ちなみにこの間、私は大石にガチ恋をしていることに気付いてガチ失恋をするという経験も経た。(笑)
あることをきっかけに「私、本当に大石のこと“好き”なんだ」と自覚し、
その直後に「あれ、でも大石ってこの世に存在しないじゃん」と気付いてしまい、
いくら好きになってもこの後どんな努力をしようと彼と結ばれることはありえないのだ、
と気付いて体重数キロ減るレベルに落ち込んだ期間があった(笑)
毎日大石が夢に出てきて、××な展開になるのに「触れてる感覚すらない。なんで?」となって目覚めるのを10日間繰り返した。(地獄www)

どうやって立ち直ったかというと、
「『不幸にもこの世に存在しない人を好きになったから失恋してしまった』みたいに思ってたけど、大石がこの世に存在したところで、大石が私のこと好きになってくれなきゃ付き合うとかないんだから、普通に三次元の人間を好きになって失恋したと考えれば別になんの特別でもなく普通に受け止めて立ち直らなければならないことなんだよな」と気付いたから。
寧ろ、「大石が二次元の存在であるお陰で失恋したあとも想い続けることが許されるから救いだな」と思ったし、
「○○○○(本名)と大石は結ばれることはないけど、稲瀬ちひろと大石をくっつける分には自由だ」と思ってなおさら執筆が捗ったww

わかるか?こちとら遊びで大石ドリーマーやってんじゃねぇんだよ!!!(火力)(笑)




さてそんなこんなで親の駐在も終わり日本に帰国して大学生になる。
「日本に帰ったらあれもこれもしたい〜♪」とかオタ活に思いを馳せてたものの、
生活環境が変わってみたらこりゃ大変、リアルが普通に楽しいし忙しい。
うっかり三次元にドハマりする。
すっかりパリピ大学生になってサークルと飲み会とバイトに明け暮れたし
理系だったもんで実験や課題にもまみれて常に寝不足だった。

じゃあその頃は二次元から完全に離れていたのかというと、そうでもない。
自分では「足は洗ったが首は突っ込んでる」と表現してたけど、
兄上に連れてってもらってテニミュは各公演1回ずつは見に行ってたし、
キャラの誕生日とかを契機に、頻度は低いけど細々と小説も書いてた。ミニマム5作/年。
ピーク時の3%以下と考えるとヤバイが世間的に考えたら十分な数である。(上限が異常)


大学3年でサークルを引退したら少しだけ時間に余裕ができた。
そのへんから小説は20作/年程度には回復していた。
とはいえ他校とか書いても、反応がもらえるわけでもないし、誰かが喜ぶわけでもない。
だったら自分が一番楽しいものを書く。
三次元に悩んだときに自己解決のために大石夢に昇華させるみたいなことよくやってたね笑
結果、書く小説が9割以上大石夢みたいな状態になる(笑)


もはやサイトはほとんど更新できてないし(小説書くよりアップ作業がめんどい)、
サイトに通ってくれてたお客さんたちも運営してた仲間たちもpixivに引っ越してほぼいなくなった。

2010-2015年あたりはサイトのカウンター平均1-2しか回ってなかったよねw
pixiv文化に乗り遅れた私は、他の方の創作を見ることもなく、
ひたすら自作大石夢を書いては自分で読むという日々に突入する。

ガチな自給自足である。
それでも書くのやめようとは微塵も思わなかったから本当に大石夢書くの好きなんだよ私…(笑)


テニプリに飽きたのではなく、三次元へのウェイトが大きくなっていた。
それでも習慣のように大石夢だけは書き続けた。
この間約10年…。



少し状況が変わったのが2017年。

まず、ドラゴンクエスト11発売。
主カミュないしカミュ主っていうか主カミュ主にハマって軽い腐還りを起こす。

次に、テニラビリリース。
正直新テニ追ってなかったけどスマートフォンぽちぽちしてたら公式による大石が私の元に飛び込んでくる舞台がセッティングされてしまった。

からの、三次元での人間関係の乱れ。
は?三次元何それクソじゃん(…)


これらの要素が合わさった結果、二次元に現実逃避を始めた私は、
約10年ぶり(笑)に同人即売会に足を運ぶようになった。

翌年2018年のスパコミ、目的はDQ11の本を買うことと、
ついでに黒バススペにいるレツゴ時代からのお友達(ネットでは15年の付き合いで初対面w)に会いにいくこと。

欲しい本はある程度買えて、場所を移して黒バススペで無事お友達に会えて、さあ帰ろうと思ったんだけど
「せっかくだから色々楽しんでいってね〜^^」と言われ。

ああそうかなるほど、と思ってパンフレット見たら、おーーテニプリ島あるやんけと。
昔はテニプリだけでホール埋まってたのとか信じられんくらいには縮小してたけど
、消滅はしとらんなーと思ってひょひょいと覗きに。

そこで出会ってしまう。
「あ!!これこの前ついったーで流れ着いてきた美麗な大石くんが表紙を飾る大石くんメインの薄い本じゃないですか!!!」→即購入。
他にも予期してなかったけど大石メインの本がもう2冊手に入る。
え…?ここ本当に2018年…?(震え)
大石がいれば万々歳くらいに思ってたけど、大石メインの本がある…?(はてなはてな)

なんかもうこの世で大石のこと推してるの自分だけなのではくらいに自サイトで引きこもってたけど、
そうだよな!大石クラスタまだ絶滅してなかった!!!(中身総とっかえになってるかもしらんけど!!)

帰宅って神本たちを繰り返し読み、
1冊あたり30分かけて書いた感想を作者様に送りつけ、
その本たちは居間の一番目立つところに飾って毎日眺めながら、気付く。


え!!!


私!!!



大石のことが好きだ!!!(声を大にして)




いや一度も好きじゃなくなったことないけど。
2002年4月24日からずっと一番だけど。
2007年から10年以上リアル彼氏をとっかえひっかえ(←)しながら半年と切らさなかった間もずっと心の恋人には大石を配置し続けてたけど。
リアル彼氏に「大石に浮気してるの!?大石の浮気相手が俺なの!?」と真顔でキレられる程度には「大石x2」言ってたけど!!!
(※大丈夫ですちゃんと大石は大石、彼氏は彼氏で本当に彼氏のことは人間として一番好きでしたホントです)


ごく当たり前のことに改めて気付いてしまった感じ。
私、大石のことが好きだ。
文学用語を使うならエピファニーってやつですわ。


簡単にいうと再燃というやつですね。
一度も冷めちゃいなかったけど、保温から再加熱にしたみたいな感じかしらw

例えるならさ、大石がそこにいるのが当たり前みたいになってたんだよね(笑)家族か(笑)
それがまた恋人気分を取り戻したみたいな気持ちかなw
いえねこじらせ終わって低迷期の10年間の間に「大石と付き合うとか結婚するとかはもう諦めてるから元カノから体のいい愛人とかにしてくれ」っていう思想にたどり着いてるんですけどねww



ついったでヲタ垢の方が出現率が増えたし、
前以上に大石に関する呟きをするようになった。
大石繋がりのお友達も増えた。(2012年にアカウント作ってから6年間大石友は一人しかいなかった)
そしてずっと放置してた原作を手に取り、久しぶりに本物を見た。


旧テニを読み返す。
「そういえば大石、こんなだったな…」

新テニを初めて読む。
「え、大石ってこうではなくない…?」

なんと、いつの間にかたしけ先生と解釈違いを起こすまでになっていた(ツッコミry)



そして私は気づかされた。



もしかして私が好きなのは彼ではなくて、

彼から繰り広げられる空想であり妄想なのかもしれない
、と。



本物の彼は存在しなくてもいいのかもしれない。

だってそもそも彼は存在などしないのだから。

いってしまえば大石秀一郎は概念である。


だけど確実に「公式」の彼は提示されているし
絶対的な「原作」は存在している。



他の環境や文化から孤立した状態で最適化を続けることにより独自の進化を遂げることをガラパゴス諸島の動物たちになぞらえて「ガラパゴス化」という。
だとすれば、私の大石秀一郎に対する感情はきっと「ガラパゴス化」している。


一番ドハマリしている時期に4年間海外に住むことで公式にあまり触れられず、
それでも抑えられない熱を創作という形で発散し続け、
その後三次元にハマってやはり公式からはやや離れた生活をし、
だけどもライフワークと化していた創作は細々と続け。

大石のことが好きであることは一度も変わらなかったけれど、
その好きであり方と、
その大石に対しての解釈は、
だいぶ独自進化を遂げていた。

独自進化を遂げた大石が、テニプリの中でも他ジャンル含めても、
一度もブレることなくずっと一番好きなまま18年間の時が流れ、今に至る。

たぶん、もう今更変えられない(笑)



だから今日も私は「イッヒリーベシュウ!」と言うし。
(※ドイツ語で『大石愛してる』の意味。
 ドイツと日本@二次元()というとんでも遠距離の中でたどり着いた合言葉)

バカみたいに大石ツイートはするし。

まだまだ大石夢は書き続けるし。


今の自分の年齢とか立場とかを考えてはっと冷静になりかけるときもあるが、
知るか。それでも私は大石が好きだ。
ガチ恋は終えた()のでキャラとか推しとかそういうポジションだけど
二次元で大石が一番なのはきっとこの先一生変わらないだろうなと思う。
三次元でそれを上回るものに現れてほしいというのが直近の私の願いである(笑)


なんでかって?

大石は心の恋人だからさ!



概念だけでいいのだ。
ガラパゴス化してていいのだ。
実際に存在しなくても心の支えでいてくれればいいのだ。

でも逆にいうと、
妄想の中でもいいからずっとそこにいてほしい。


そう思いながら大石歴18年を突破し
大石暦19年に突入する痛い夢女がここにいるということです。


なんでこんなに好きになってしまったかわからないけど、
私は変わらず今日も明日も大石秀一郎くんが大好きです。


以上






 

 

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