ブツブツ独り言
【富良野にいつもと変わらない朝が来た。
でも、小さい頃から兄弟のように一緒に育った正吉がいない。 もう会えないと思うと僕の心はぽっかりと穴が空いたようだ。】
【福島へ帰る必要は無くなったが、蛍と一緒に一度戻ることにした。 快は一緒に帰ると言い始め、説得するのに大変だった。 父さんと一緒に畑仕事をしたり、時には、落ちている野菜だと言って 勝手に持ってきたりと、そんな父さんと一緒にいるのが ちょうど思春期になった快には苦痛で、富良野に来た時の僕のようだ。 小さな頃、「じぃじ、じぃじ」といつも父さんのあとを追いかけていた快なのに 今は父さんの見た目だけで、嫌がっている。 父さんは富良野に来た頃から、何も変わっていないのに・・・・。】
福島へ帰るにも電車やバスはまだまだ寸断したままで 青森から福島へは運良く支援物資の輸送トラックに乗せてもらった。
蛍「おにーちゃん、これからどうするの?」
純「うん・・・。正吉は見つかったし、もう福島にいる必要がないから。 父さんも歳だから心配なので富良野に戻ろうと思う。 快だっているし、そばにいてあげようかと・・・。 被災地から逃げるみたいだけど、やっぱり富良野に戻りたい・・・。 皆顔見知りで住むには窮屈な場所だけど、それでも富良野に戻りたい。 みんながいた故郷に戻りたいんだ」
蛍「わかった・・・。」
蛍には純の気持ち、言いたいことがすごくわかった。 もし許されるなら蛍も富良野に戻って、快や父さん達と暮らしたかった。 でも、被災地の多くの人達を残したまま、蛍は富良野へ帰ることが出来なかった。 責任感の強い蛍だから、最後までやり遂げないと気が済まなかった。 純も蛍の気持ちがわかり、それ以上、語ることはなかった。
運転手「にーちゃん、いつ戻るんだい?帰りも乗って行くかい? 明後日、荷物を積んで、また青森まで戻るから」
純は乗せてもらうことにした。 こんな災害時で福島から出られるかどうかもわからない。 有り難く乗せてもらうことにした。 中学を卒業して東京へ行く時に乗せてもらった長距離トラックの運転手に 話し方や雰囲気が似ていたから、乗せてもらうことにしたのかもしれない。 人の好意は素直に受けよう。段々、五郎に似てきているのかもしれない。
この何日か福島を離れていたが、街の瓦礫の山はそのままで まだまだ多くの人達が行方不明者の捜索や瓦礫の撤去作業にあたっていた。 状況は悪化こそしていないが、全く進展もしていなかった。
着いたその足で勤務している病院へ向かった蛍だったが 災害により怪我をした人達がこれほどまで多くなっていることに驚き 診察を受けられずに待っている怪我人がそこら中に溢れかえっていた。 目を覆いたくなるような悲惨な状況の中、怪我人の様子を見ていると 隣に住んでいた若夫婦と子供の姿を見つけ近寄っていった。
蛍「お怪我は?ご無事でホント良かったです。」
妻「笠松さん、ありがとう〜。ありがとう〜〜」
いきなり抱きつかれお礼を言われた蛍は戸惑っていた。
妻「あの時、貴方のご主人が、この子をおんぶして、私と主人を引っ張り、 津波の飲み込まれそうなところを助けてくれたんですよ。 もう、なんてお礼をしたらいいのか・・・。ホントにありがとうございます」
夫「ありがとうございます。旦那さんはまだ捜索ですか?」
とっさに笑顔の正吉が脳裏をよぎり、蛍は答えに詰まってしまった。
蛍「はい、あの〜・・・。残念ながら・・・。」
今まで以上に夫婦は悲しみと感謝で泣き崩れてしまった・・・。 災害時とは言え自分を犠牲にしてまでも、人の命を救っていた正吉を 蛍は誇らしく思う・・・と共に、あの優しい笑顔が再び思い出された。 小さい頃から正義感が強くて、いつも蛍を守っていた正吉。 蛍だけじゃなく、純が原因で焼けてしまった丸太小屋事件も 純をかばって、自分の責任だと五郎に言い切った正吉。
絶対に叶わないことだが、もう一度、正吉に会いたい蛍だった。
純は勤めていた会社を辞めて富良野に戻ることを社長に告げた。 それを聞いていた従業員達の冷たい視線やまた誹謗中傷を受けたが それでも富良野に帰る決意は変わらなかった。 小さい頃の純とは違い、色々な経験をし、強くなっていた。
社員寮で荷造りをしていると携帯電話がなった。 呼び出し音が聞いただけで、登録していない電話番号とわかったが やはり画面には電話番号だけが表示され、知り合いではなかった。 普段、そんな呼び出しには出ない純だったが、なぜか応答ボタンを押した。
「もしもし、純君??」
その声はれいだった。 れいは離婚して、銀座のホステスとして働いている。 純のゴミ収集の日々を綴ったブログにメリーと言う名前でアクセスし ブログの内容から純だとわかり、メッセージでやりとりをしていたが、 地震当日、初めて東京のれいのマンションに行った際、番号を教えていたのだ。
れい「純君、今どこ?まだ福島にいるの?」
【疲れた僕にはれいちゃんの声は心地よかった】
純「れいちゃん。さっき北海道から福島に戻って来たんだよ。 でも、また明後日北海道に戻り、もう福島には帰ってこないつもり。 また、麓郷で暮らすことにしたんだ」
電話のれいちゃんの声を聞き、初めて会った事を思い出していた。 壊れかけた小屋で雨宿りしながられいちゃんと聞いた尾崎豊。 約束していたのに突然にいなくなったあの日。
れい「ねえ、純君。東京に来ない?私のところに来てくれない?」
【いきなりそんなこと言われても、もう北海道に帰ると決めたし。 でも、れいちゃんのところも良いかな〜〜】
麓郷へ帰ると決めていた純だったが、れいちゃんの誘いを受け こころがめちゃくちゃ揺れ動いていた。 結と離婚してから、女性とは全く付き合っていなかった純だし れいちゃんの誘いの意味は十分に理解していた。
れい「純君。 どう? 返事してくれないの?」
純「・・・ん・・・。うん。行きたいけど・・・・。 でも、麓郷の父さんも心配だし、蛍の子供も向こうにいるから」
精神的には強くなってもこの優柔不断さは昔のままの純だった。。 でも、れいはそんな純が好きだった。純の性格もわかっていて
れい「わかったわ。純君は麓郷に帰って! 今すぐじゃないけど、私もいつか麓郷に帰るから・・・。」
【あれから僕は麓郷に戻り、厳しい冬を2回越え、富良野に春がやってきた。 父さんは相変わらず、「落ちてる野菜」と言っては かっぱらってきてる。 快は来年高校受験なのに全く勉強せずに毎日何時間もパソコンを弄っている。 蛍は中畑のすみえちゃんの病院で働くことになりもうすぐ帰ってくる。 変わったことと言えば、麓郷に新しい住人が一人増える予定だ。 僕が東京にいた時、父さんがくれた泥の付いた1万円札を探してくれたエリが 福島でのボランティアを終え、麓郷に来て美容室を開くそうだ。
そう言えば麓郷では山や畑を潰して、ホテルやマンションを建てるため 僕らが住んでいる土地もリゾート開発の計画地に入ってるそうだ。】
oyazy
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