ブツブツ独り言
最近よく「切れる」とか「切れた」という言葉を耳にするし、 σ(▼▼;)も使うことがあるが、いったいどう意味で使っているのかな? 「怒る」とか「我慢できなくなる」と同じようなニュアンスではないか・・・。 今に限らず、昔だって「切れる」という状態は当然あったが、 ひとの生死に関わるような事件は今ほど無かったし、また、そこまで やらなくていいこと(加減)を経験則から身につけていた。 今の子らは親や先生に喧嘩もさせてもらえない状況が多く、 何をどうしたらどうなるかって事を経験していないから、 いきなり爆発してとんでもない事件を起こすんじゃないかな? 経験したことがないことをいくら教えても、それはあくまでも想像にすぎず、 頭では理解できるかも知れないが、現実として対応できない。 簡単な例をあげると、{ほっぺを叩かれていたい}というこんな事でさえ、 経験をしていないとその痛さや感覚がわからないんだ。 決して喧嘩を奨励しているわけではないが、多少でもその経験がないと、 限度がわからない事で、とんでもない事件を起こしてしまう。 血気盛んな10代の子ら(今も昔も)は、まさしく簡単に「切れる」事があるが、 経験の差によってとる行動が変わってくるような気がしてならない。 周りの環境が全てを抑制してしまいがちではあるがそれでいいのかな? 多少危なっかしくても経験させることも必要だと思うし、それを見守る 大人の大きさと勇気?が必要だと感じている。
「切れる」とは「堪忍袋の緒が切れる」からきているのかなあああ?(笑)
oyazy
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