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窓のそと(Diary by 久野那美)
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月に1度、某レンタルモップ会社のお兄さんがやってくる。 私はこの日がとても怖い。 そろそろ来るな・・と思うとどきどきする。 引っ越し屋さんのサービスで化学モップのモニターになって以来、 彼は毎月一度、訪ねてくる。モニター期間は終わっているので有料なのだけど、「もういいです。」と断るまではモップの交換にくるのだ。 嫌なら断ればいいんだけど、モップ自体は便利だし、便利なものにはそれなりのリスクが伴うものだとも思うので、がんばっている。
でも怖い。来る日がわかると朝から緊張するし、早起きしてしまったりする。
まず、当日、または前日、留守番電話に「○○会社の○○です。本日○時頃伺います。」とすごい低音でメッセージが入る。静かに丁寧に、音楽的にはかなり美しいはずの声で強行に時間指定をする。
にもかかわらず、約束の3時間も前に玄関のチャイムがなる。 恐る恐る穴から覗くと、どこからか突然振り降りてきたかのように、「すでにきちんと」そこに立っている。スーツには少しの乱れもなく、足元はきちんと揃い、どうみても、他のひとたちと同じルートを通って歩いてきたように見えない。 ドアを開けると、 「ふふ。(笑顔)○○です。モップの交換にあがりました。」 とこれもエコーのかかった低い音で静かに言う。そして微笑む。 この佇まい方は・・・そう、俳優の阿部寛さんにちょっと似ている・・・。 阿部さんは素敵な俳優さんだと思うんだけど、あの顔とあの風情はマンションのドアの前に立つにはあまりに違和感があるのだ。
私はとりあえず、「どうも・・・。」 と言ってはんこを押し、お金を払う。 そして・・・恐怖はまだ続くのだ。
はじめてモップの交換に来た日、満面に笑みをたたえて彼は言った。 「ふふふ。いつもいらっしゃるんですか?」 「は・・・?」 いつもいるわけはないので、言葉に詰まる。 しかも、彼はなぜだか自信たっぷりに微笑んでいる。 いったい何にそんなに自信をもっているのか。
「あの・・・、いるときもありますけど、いないときもあります・・・。」 「ははははは。」 「・・・・・・。」 「ウイークデーは?いつもいる?」 何気にため口になる。怖い・・・・。 「・・・しゅ、しゅうによります・・・。日にもよります。」 「ふふふ。この時間なら、いつも、いるんですね?」 どうしてそんなに微笑むのか?? わたしは馬鹿にされてるのかしら? いや。モップ屋さんがお客を馬鹿にするはずがないので、それって被害妄想だわ。
混乱する。 家具じゃないんだからいつもいるかどうかなんかわからない。 「用事がなければ・・・。」 「ふふ。この時間はだいたいいらっしゃいます?」 いつもがだいたいに変わった。これは譲歩か? 「だいたいいますけど・・あの・・・いないときもあります。」
彼はすこし肩をすくめ、ふうとため息をついて言った。 「・・・・・・じゃあ、来る前に電話したほうがいいのかなあ。」 始めて聞く面倒そうな口調。でも笑顔はけっして崩さず・・・。 できるんなら最初からそうしてくれればいいじゃない・・・。 「いつならいつもいるのか」確認するより簡単じゃないの?? 「・・・・・・電話してください。」 必死で、それだけは伝えることができた。
「わかりましたっ。では、お電話してから伺うことにします。ふふふ。」 ひとことで場を仕切りなおし、彼は一礼してくるりと後ろを向いた。 「・・・・・おねがいします・・・・。」 ドアを閉めたとたん・・・・疲れた。 なんだか、開けたらもうそこには何の痕跡もなくすべてが消え去っているような気がした。
私が電話をしてくれといったので、事前に電話で予告をして、(受話器の向こうの声は地底を響くように低く、静かで、しかも微笑んでいる(声が!))翌月からも、彼は同じように現れた。 ドアを開けるとそこには同じように一糸の乱れもなく立つ彼がいる。 私ははんこを押して料金を払う。 彼はまた同じことを言う。 「ふふふ。この時間はいつもいらっしゃるんですね。」
あなたが来るというから家に居るのでしょうが!! と言い返したくなるのだが、力なく笑い返すのが精一杯。 わたしを見ながら、彼もエコーの聞いた、低い声で、ふふ、と笑う。 足をそろえてきちんと立ち、異常なくらいにこやかな笑顔でこちらを見据え、ときどき台詞に合わせてリズミカルに方を振るわせる・・・。
実際危険なことはなにも起こらないんだけど、モップも新しくなるんだけど、 殴られたり、叱られたりするわけでもないんだけど・・・・ そのひとが来ると私は猛烈に疲れる。 なんで疲れるのかわからない。
営業マンというひとたちはみんなあんなふうなのでしょうか?
なんであんなに怖いの? こういうのが怖いのってわたしだけ?
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