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窓のそと(Diary by 久野那美)
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何年も前の夏。 北海道夕張の喫茶店で奇妙な写真を見た。 写っているのは確かに海辺の風景なんだけど、 なんだかとても奇妙な海の風景だった。 なにもかもがあまりに均等で、なにかがこのうえなく不自然だった。 つまり。誰がどこから見てるのか全くわからない風景なのだった。 誰かがレンズの向こう側にいてこの風景を見ているのだということが 全く想像もできないような風景なのだった。
きっとそこはそういう場所なのだ、と思った。 誰にもどこからも見られていない、どこからも断絶された場所。 それが写真に「撮られて」そこに在るということはとんでもないことだった。
一連の写真には「風の記憶」というタイトルがついていた。 そうか。風なのか。と思った。 これは、風が見た風景だ。 風が、通り過ぎざまに自らに焼き付けて、そのまま持ち去った風景・・・の記録。 誰も知らないところでひっそりと記録された、どこからも等しく遠くにある風景。 笑ってしまうくらい、途方もなく孤独な風景だった。 こんな風景を。ずっと探していたような気がした。
だけどこれを確かに見て、レンズを通して確かに紙に焼き付けた人がいる・・。 それはどういうことなんだ?と思った。 気になって仕方がないので、そのまま、その写真家のひとに会いに行った。 会ったらびっくりした。全く反対の意味で奇妙で不思議なひとだった。
喫茶店のマスターに教えてもらった住所を訪ねるとご自宅がギャラリーを兼ねていて、 「ご自由にお入り下さい。」と張り紙が張ってあった。 床には作品がランダムに並べてあり、あちこちに標語や注意書きが張ってあり、やぶれた窓ガラスがガムテープと模造紙で修理してあった。家具は何にもなかった。 庭には大きなブランコがあり、ブランコの上には小さなテントが張ってあった。 しばらく待っていると、迷彩服にサングラスの男の人が帰ってきた。
そのひとが風だった。 写真家の、風間健介さんだった。
その日はたまたま私たち以外にもはじめての来客があって。 4人で朝まで焼酎を飲んだ。 風間さんはものすごい大きさのボトルから焼酎をどんどんついでどんどん飲んだ。 大きな声で、切ない思い出話をいっぱいいっぱい話してくれた。 貧乏と失恋の話をいっぱいいっぱい話してくれた。 大きな草食動物のようなひとだった。
どうしてこのひとがこういう写真を撮るのか・・・ どうしてもわからなかった。 風間健介さんはつまり、そういうひとだった。
風景に纏わるいちばん具体的な想い出。 そのときもらった海の写真は今も私の部屋の壁にある。
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