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■ 夕学講座に行ってきた。
今日は商工会議所がやっていた後期の夕学(せきがく)五十講を受けてきた。 正しくは、慶應丸の内シティキャンパス2007年度後期『夕学五十講』というのですが。
テーマ 「こころの時代の心理学」 タイトル 「ひとりの時間が自分らしさをつくる 孤独であるためのレッスン」 内容 1.真の意味で「自己中心」であれ 2.孤独力を養え。 わかりあえる人とわかりあえばそれでいい、という潔さを持て 3.マイ・スペースの見つけ方 4.うちなる心の声に耳をすませ 5.ポジティブシンキングから、インナースペースへ 6.偶然の出会いや出来事、共時性に心を開け 7.「運命の方向感覚」を取り戻せ 8.一歩踏み出す勇気を持て
講師は明治大学文学部教授の“諸富 祥彦”先生。 臨床心理士、日本カウンセリング学会認定カウンセラー、上級教育カウンセラー、学校心理士などなど、多くの肩書きを持っていらっしゃる先生でした。 お見かけするに私のタイプでは・・・(以下自粛)でしたが、流石に若者を相手によくお話をなさるからなのか、40の半ばを過ぎていらっしゃるわりには口調が若かったです。
どうして私がこの講座を受けようと思ったかというと、話は簡単で、職場に商工会議所からのチラシが回ってきたからです。 私の職場は商工会議所の傍にあるのですが、検定試験などでよくお世話になっている関係であれこれとチラシが回ってきます。 (ついでに言うと、私の同級生も勤務していますし。。。w) その中にこの夕学五十講のチラシもありました。 よりによって、どうして心理学なの?ってところでしょうが、現在某大学が開いている心理学の公開講座を受講中でして、今年で2年目になります。 その関係からどうせ聞くなら心理系がいいよ。。。と思いまして、申し込んでみたわけです。
このところ“言葉”についてあれこれ考える時間が多かった私ですが、今日の講座では少し違うことを考えさせられました。 それについては以前も少し考えたことがあったのですが、偶然と必然、運命と宿命についてでした。 や、もちろんこんな言葉は一度だって諸富先生の口からは出てはきていませんでしたよ。(手元の資料の中に偶然と運命いう言葉だけはでてきますが) ただ、話を聞いていく中でふと思い出したんです。 自分で過去に書いたものを。 何事も起こるべくして起こるし、人との出逢いも出逢うべくして出逢う。 今は別れて別の路を進んだとしても、本当に必要ならまたどこかで出逢う。 そんな感じのことを過去に書いたことがあったなぁ〜と。
感想はというと、実は・・・・正直なところ“ない”のです。 ぃゃ、語弊があるか。 聞いていて面白かったですし、ためにもなりました。 自分がやってきたことが間違いではなかったんだなと思いましたし、そう思えてよかったなとも思いました。 (普通はこれを感想というのでしょうが・・・苦笑) でも、今の私にはこれは感想ではなくて、経過であり結果なんです。 何と言えばイイのでしょう。。。上手く言葉にはできないのですが。困
そう、、、何かが引っかかっているのです。 何なんでしょう。 スッキリしない。 手元資料の中に書いてあった一文を引用すると、
「何かがおかしい」と感じたら、 まずは自分の心の声に耳をすませることが重要です。
今の私はもろにこれなのです。 ハッキリと認識しているわけではないのですが、何かが頭の中に引っかかってしまっているのです。 講座そのものは有意義だったはず。 自分を振り返る時間もあって満足したはず。 なのに、講座の後に残ったものは消化不良な感情。 言葉で言い表すにはかなり無理がある。 だから凄くビミョウ。 しばらくこのモヤモヤと付き合わなくちゃいけないみたいです。
ふぅ・・・・。
来月もまた別の話を聞きに行く予定にしています。 その時には感想を書けるといいのですが。苦笑
さて、1時を回ってしまったのでそろそろ“寝る:ねる”・・・いや“眠る:ねむる”ことにします。 おやすみなさ〜い。
追伸: 寝ると眠る。 私の中では少々意味合いが違うのです。
2007年11月13日(火)
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