空のむこうにみえたもの
美空:misora



 これが現実。

傍にいてこんなに哀しいことはないと思った瞬間。
それは「住む世界が違う」と言われた時。
世界観が違うと言われたならまだ救いようもあるだろうが、住んできた世界が違うと過去の事を言われては手も足も出ない。

何がそう言わしめるのだろう。
「お嬢様って感じだよね」
「箱入り娘だものね」
「マジメよね」
何度となく、色々な人に言われた言葉。
特に意識することなく私は普通に生活しているつもりだが、周りにはそういう風に見えるらしい。
確かに私は知らないことが多すぎる。
よく言えば清く正しい生活を送ってきたといえるだろうが、悪く言えばただたんに世間知らずなだけ。
「遊び」の範囲がどこまでのことを含むのかでさえ、この歳になってもよく理解していないような気がする。
夜、外出をするというだけでどんなに苦労することか。
“どこに行くの? 誰と行くの? 何時間くらいで戻るの?”お決まりの質問攻撃。
「誰とどこに行こうと私の勝手でしょ!!」こんな反論は無意味だ。
こういう家庭に育ったからかもしれないが、私には反抗期がなかった。
そして今になって(反抗期が)遅れてきやってきたように思う。

だからかもしれないが私は“自由”を執拗に求めてしまう。
私には「一人の時間が絶対に必要だ」とあちこちに書いていると思うが、これも自由の中の一部だと思う。
誰からも干渉されず、好きなことを好きな時にやる。
それを出来るのは唯一、一人の時だけ。
大好きな仲間たちと楽しい時間を過ごすというのも確かに大切な事だと思っているが、そんな時でさえ心のどこかで一人の時間を求めている。

一人で居るのは自由でイイのだが、この「一人」というのがたまに「独り」となってしまうことがある。
恋人との時間はこの一人の時間を裂いてでも一緒に居たいと思わせるが、別れの時、今まで二人だったのが急に一人になるわけで、そうなると孤独感を味わうことになる。
私は一人は好きだが、独りは好きではない。
独りの部屋はとても寂しく、時として苦しい。

二人で居るはずの恋人との時間の中で孤独を感じてしまうことがたまにある。
多分、心が何かを感じているのだろう。
見えない壁のようなものを。
越えられない深い谷のような、踏み越えることが出来ない線のようなものを。
そのことに気づいた瞬間から孤独がはじまるように思う。
どんなに抱きしめても、もうこの孤独感から解放されることはない。
そうなると残るは孤独との戦いだけ。
楽しい時間の分だけ戦いの時間も増える。
どれ程傍にいようとも、切なくて苦しい時間を抱えてしまうことに変わりはない。


もっと心を開いて・・・と言った人が見せた心の距離。
これが拒絶でないことを願う。

2005年09月18日(日)
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