| 2008年04月05日(土) |
3月議会一般質問 文化行政について |
次に、文化行政についてお聞きします。 2月15日付けの新聞において、東京都渋谷区にある青山学院大学の青山キャンパスで、新校舎建設予定地の発掘調査をしたところ、江戸時代の武家屋敷跡が見つかった。地面を掘り下げた室と呼ばれる貯蔵場所や、犬の墓など当時をしのばせるものが現れ、関係者を驚かせている と報道されています。 この新聞記事には、続いて、江戸期の地図と照合すると、同大の敷地は 伊予西条藩上屋敷跡。室は深さ2mほどの四角い穴で、食品庫と推定される。また犬の頭の骨が出土した墓には、金箔が柄に付いた刀が添えられ、丁重に葬られたことをうががわせた。とあります。 西条市は松平3万石の城下町として発展してきましたが、藩政時代の文化的遺産が少ないのではないのかと、私は常々残念に思っています。 今回の東京での伊予西条藩江戸屋敷跡が発掘されたことは、西条市の藩政時代の文化に光を当てる絶好の機会となるように思われます。 そんなところから、この屋敷跡発掘の状況についての資料を入手し、西条市において紹介する価値があるように思いますがいかがでしょうか。
このことと関係して、西条市の文化行政のありようについてお聞きしたいと思います。 合併によって出てきた文化財指定における新たな課題についてどのように考ええているのでしょうか。例を挙げると、小松藩主 一柳直卿(なおあきら)筆の扁額でありながら、他方では指定され、他方では未だに文化財指定がされないままになっている現状があるということです。 購入も含めた保存事業については行政としての動きが見えないと感じてならないのですが、どのように考えているのでしょうか。
郷土の歴史文化の研究・発表事業については、2市2町の合併記念として催された「西条市指定文化財パネル展」に続く、文化行政の成果というものを折に触れて打ち出していく必要があると思います。 合併3年を経て未だに指定文化財を紹介する新市統一の冊子が発行されていない状態なのですが、どう考えているのかお答えいただければと思います。
ーーーーー 自治体合併があって守備範囲が広がったことを契機に、道前平野の方々を歩いていると、地域によっての文化性の違いというものを感じることがある。 それがどこからくるのかを考えていて最近気づいたのが、藩政時代の領域の違いについてだった。
道前平野の水系の違いによって、伊予西条松平三万石、小松一柳一万石、そして伊予松山藩十三万石の領地に分かれている。 だから、近世以来この地域は、一つの政治的体制によって治められた歴史が無いようなのだ。 このことを考えれば、自治体合併によって一つのくくりができたということは、歴史上画期的なことなのだ。
この一面から、新たな歴史というものを積み重ねていくことが出来たらどうなんだろう。 そんな想いにとらわれながら、文化行政についての質問を考えてみた。
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