| 2002年10月17日(木) |
飯積神社祭礼 大谷太鼓台奉納運行 |
地元の氏神様の祭礼日。良い祭りとなった。 何故良いといえるのか。
・一人のけが人も出ず太鼓台祭礼運行が終えられたこと。 ・参加したみんなが満足してかえられたこと。 ・中2の長男が太鼓台担き夫としてデビューしたこと。 ・小5の次女が各地でのお神楽の巫女を無事務めおえたこと。 ・雨にたたられた昨年と違って、3日間の太鼓台運行が晴天のもとおえられたこと。 ・青年部の者に成長の跡が見られたこと。 ・太鼓台10台と御輿の 横一列一斉差し上げ が見事に披露できたこと。 ・祭礼運行の内で、今年初めての試みの幾つかが来年につながる見込みだこと。
さて、これだけ良いことがあったら言うこと無し。となる処だが、私の性格が心配症なのだろうか、心に引っかかる事象が見受けられて、手放しでは喜べない心境で日記を付けている。 この日記を付ける前2時間ほど、家内に私の太鼓台運行についての考えを聞いてもらい、感想を聞いていた。 今深夜の1時52分。ああ、疲れで目がしょぼしょぼする。この続きは長くなりそうなので、今日は寝ます。
今日は「18日」。日記の追加記入をする。 大谷太鼓台の課題。 と言うよりも、地域の課題と言った方が良いのかも。 なぜなら、飯積神社祭礼は イベント ではなく あくまでも 五穀豊穣を祝う祭礼行事なのだから。 イベントならばわいわいと騒いでいれば良いが、祭礼は、地域の隆盛なくして継続と発展は望めない。 今年の祭礼を運行してみて、社会変化の現状をまざまざと思い知った。 私の祭礼は、平成6年から今年までの全て、太鼓台の後ろから伴走する軽トラの運転席から見える風景が主なものだ。 その年々の部落や地域の変化を、太鼓台について歩く人々の後ろ姿からかいま見る事が出来る。 それが今年は変なんだ。何が変か。 祭礼だというのに地域から沸き立つような 喜び が感じられない。 そこそこに何時もと変わらぬ祭礼風景。だが、何だか変なんだ。 ・太鼓台へのご祝儀が例年よりも減っている。 ・祭礼だと言うことでは仕事が休めない人が多い。 ・子供達の変化。危ない事を平気でする子供が目に付く。感情のままに行動する子が多くなっている。 ・大人がずるくなっている。良いトコ取りが目立つ。 ・10台の太鼓台を運行する方々の中でも、祭礼に対する考え方の違いが如実に現れだした。御輿の宮入を待たずにさっさと引き上げようとする太鼓台がある。以前はこんな事は無かった。 ざっと上げればこんな事項なのだが、数字の上でも人々の行動の面からも、昨年との違いがある。私には、その対処療法を考えないと、早晩、祭礼行事が維持できなくとの確証みたいなものがある。 その最大の原因は、日本全体を覆いつくした経済不況の影響からくる自信喪失だろうことは誰の目にも明らかだ。 いくら社会が悪い状況だっても、「お祭りぐらいは盛り上がろうよ」が通用しない社会になっていると断言できる。 祭りの運営についての課題は、部落内でのやり方を改善して行けば、そこそこ効果は見えていた。いままでは。だが、今回の課題はものが大きすぎる。 つくづくと心配性の性格は損だな と思いつつも、性格だからそれを良い方に使いこなして行くより仕方がない と考えるのだが・・・・・
一色達夫がどんな手を打ったかは来年までのお楽しみ。 政治家一色達夫が取るような奇策を用いるわけではない。 部落行事の基本は、みんなと話し合うこと。
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