| 2005年01月03日(月) |
イタリア旅行記その4 |
朝からいろいろ調べ物をしていた。
「煉獄」と言う言葉をご存知だろうか?
キリスト教のカトリック教と東方正教会では、来世の天国と地獄の他に、世の終わり(最後の審判)までの世界として、「煉獄」があるとされている。って、エンカルタ百科事典からの引用だけど。
つまり、「煉獄」とは小罪をおかしたために、死後すぐに天国へいけない霊魂が、浄(きよ)めをうける世界。 煉獄にいる霊魂は、神からあたえられた苦しみを喜びをもってうけいれ、世の終わりに天国へひきあげられるという。
ダンテ(1265〜1321)の「神曲」は、地獄、煉獄、天国をめぐる空想のたびをあらわした壮大な寓意物語。ミケランジェロは、このダンテの「神曲」をもとに「最後の審判」を描いた。
ミケランジェロ「最後の審判」 バチカン美術館 システィーナ礼拝堂

どこかのサイトに合った画像を引っぱってきました。 無断引用すみません。
私はシスティーナ礼拝堂でこのフレスコ画を見上げたとき、素人的に全く違った解釈をしていた。
中央に描かれているキリストは、現世の人間を審判して、来世で地獄と天国に行く人を振り分けているのかと思って鑑賞していたのだ。運命を分けているのかと。
でも、あのキリストは、現世のキリストを表現したのではないらしい。 そういえば、ぽっかり宙に浮いてるもんねぇ。 あれは、昇天した後のキリストなのだそうだ。
キリストは、ユダによる裏切りで磔刑で処刑後、即埋葬され、3日後に復活。復活後40日に昇天した。
そして、世界の終わりのとき、昇天したキリストが再臨し、審判者として、生者とよみがえった煉獄の死者のすべての人間を天国と地獄にわけた。
それを表現したのが、システィーナ礼拝堂のこのフレスコ画になる。
中央にマリア様と聖人を従えたキリスト。列をなす審判を受ける人々。 左下に肉体の復活の場面、左側は天に昇る人々。 そして、右側は地獄に引き立てられる人々。さらに右下には、罪人達が地獄の審判者ミノスのもとに運ばれていく様子が描かれている。 新約聖書によれば、「復活」は、キリスト教におけるもっとも重要な教理なのだそうだ。イエスは死者たちの中から復活することによって、人類に死の彼方にある命の希望をあたえたのだという。
ふーん、ようやく何かが少しだけわかっってきたぞ。
キリストの右下では、聖人が人間の皮を剥いだものを手にして、キリストに見せている。(それはミケランジェロの自画像でもあるらしい)
実はねぇ、おりしもこの旅行中、春樹おじさまの「ねじまき鳥クロニクル」の2、3巻をもっていってて、移動中やホテルでずっと読んでたんですよ。中に、間宮中尉の手紙に、モンゴル国境のノモンハンで戦友が受けた皮剥ぎの刑の描写があって。後のほうでももう一度人の皮を剥ぐシーンが出てきたんだっけ。
うわ〜、皮剥ぎの刑はもう観たくも知りたくもな〜い! ってな感じだったよ。う〜、ブルブルブル……。
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