こんな夢をみた。
早朝、とあるオフィスビルの前を歩いていたら、めったに出会うことのない知人とすれ違った。
着崩したネクタイと髭が伸びていることから、今朝は徹夜明けなのだろう。オフィスで朝の今まで仕事をしていたのかもしれない。
長身の身に、普段は似合うはずのやや明るめのブルーのスーツが、精彩を欠いた今朝の表情には妙にちぐはぐして映っていた。
「おはようございます!」 私は快活に声を掛けてみた。知人は、我に帰ったように目をぱちくりさせて、こちらを向いた。
「あー、誰かと思ったら、きみかぁ」 知人は、大またで私のほうまで歩み寄ってきて、疲れきった顔から笑顔をねじり出した。
「最近、どうだい?」 畳み掛けるように私と主人の近況を尋ねてきた。 私も、家族の近況と目下抱えている悩みなどを手短に話して聞かせた。
知人は、部下から業務報告を受けるときのような表情で、眉間にしわを寄せたり、ふっと微笑んだりして、立ち話のまま私の話を真剣に聞いてくれていた。
その知人は、私よりも10歳ぐらい年上で、今は50歳になったかならないかであろう。世界をまたに第一線で活躍しているビジネスマンで、温厚な瞳にはキレのいい頭脳が宿っている。初対面のときに、この人ほど強いオーラを発する人は他にみたことがないと思ったくらいだった。
名刺に記された会社での役職名は、思わず、「ほぉ〜」と唸ってしまうほどの肩書きであった。同じ企業であれば、なかなか気安くお話できないほどのお方なのだろうけど、私たちはまったく利害関係の絡まないところで知り合ったので、こうして気軽に立ち話もできる。
ただ、今朝の疲れきった表情からは、いつもの湧き出るようなオーラや溌剌さが感じられない。なぜかしら妙に気になった。
「きみ、朝メシ、くってきたの?」 「いえ、まだ・・・」 「じゃ、うちのオフィスでくっていきなよ。オレも、今食べないと、このまま一日くいっぱぐれてしまいそうだから」
きっとこのままデスクに戻ったら、ふらふらとそのまま仕事をはじめてしまいそうなかんじだった。私は断る理由もなく、誘われるままオフィスへ向かうエレベーターに一緒に乗り込んだ。
そこのオフィスは、ビルの最上階の46階にあり、360度のパノラマがずっと遠くまで見渡せた。遠くの山の稜線とか、地平線に近い空との境界とか。
いつまでも眼下にひろがる景色を見ていた。こんな高いところから見ると、まわりのものなんか、みーんなみんなちっぽけに感じちゃうもんなんだな・・・なんておもった。
「物は上から見下ろせても、人の心は上から見下ろしちゃいけなくってね」 私の心に返事をするように、知人が私の背中に言った。
振り向いて知人を見上げると、苦悩の末の八方塞のような表情で眼下の街を見下ろしていた。
今、知人は、ビジネス上の行き詰まりなどではなく、ごく個人的な感情のもつれで、夜も眠れないほどまでに悩んでいるんだろうな、と思われた。ちょっとは気になったけれど、こちらにむけた翳りのある横顔は、こんな顔見知り程度の私が立ち入ってはいけない問題なのだ、ということを物語っていた。
「シツレイシマース」 と、二人の女性秘書が豪勢な朝食を大きなトレイにのせて運んできた。 きれいな人を雇っているんだなーと思っているうちに、あっという間に、二人で手際よく応接セットのテーブルにセッティングしていってくれた。
バターロールにコーヒーにベーコンエッグ。ジャム数種類にヨーグルトにフルーツ。とてもじゃないけど食べきれないぐらいにたくさん。添えられたナプキンから察するところ、秘書が用意したものではなく、オフィスに隣接するホテルでオーダーされた朝食のようだった。
せっかくだから、片っ端からもりもりと頂いた。私のたべっぷりをみて知人も刺激されたのか、頭を二つつき合わせて、徹夜明けとは思えないぐらいの食欲で全部平らげてしまった。
「それにしても、二人でよく食べたネェ」 私たちはナイフとフォークを揃えておいた皿を覗き込んで、無心にげらげら笑いあった。
食後のタバコをふかす知人の顔からは、先ほどの翳りがすっかり消えていた。私もほっとした。
満腹のおなかで、大きなソファにふんぞり返って、ふと考えた。 ビジネス上いつも他人と競い合っているこの知人が、今必要としてたのは、こうして相手に対して無心で接する時間だったんじゃないのかな・・・と。 だって、知人にいつもの温厚な笑顔が戻ってきたもん。
と思ったところで目が覚めた。土曜日の朝だった。 うーむ。なぜに今その知人の夢? 私、胸にでも秘めていたんだろうか? 今ではお見かけすることも滅多にないのに。
それにしても妙にリアルな夢だった。 しかも、その朝は何にも食べなくてもお昼過ぎまで全然おなかがすかなかった。 あまりにもリアルすぎて、今度その知人にあったら、 「先日は朝食どうもごちそうさまでしたー」 っていってしまいそうだなー。あはは、危ないなー。
でも今度、現(うつつ)で本当に知人に会う機会があったら、はじめてお目にかかったときのようにオーラをいっぱい発していてほしいなとおもう。 いつまでも尊敬の眼差しで見上げていたいもん。
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