薔薇園コアラの秘密日記

2004年02月27日(金) お隣さん

 我が家の台所から、隣の建物が見える。
 向かって右側が、南米の某国大使館、左側がオフィスの入った建物。両方とも、うちの大家さんの持ち物で、白い壁とバルコニーの雰囲気がリゾート地風。毎日、台所に出入りするたびに、無意識にも隣の建物を見る習慣がついている。

 流しの窓から見える二階オフィスでは、窓際でお姉さんが終日パソコンを覗き込んでいる。そのお姉さんはとても働き者で、朝は誰よりも早く出社し、やや長めに残業している。時々週末出勤もしている。休みなくずーっとパソコンに張り付いている。と、書けるほどに私もよく台所の窓からお姉さんのほうをみているんだけど。

 きっとむこうも、お、今日は夕飯の支度が遅いぞ、とか、あの東洋人はいつもつまみ食いばかりしているとか、コンロの上、鍋だらけだ・・・とか、誰もいないのに台所の電気つけっぱなしになってるよ・・・とか、思っていたはずだ。

 ところが、2月初旬のある朝から、お姉さんの姿が見られなくなった。お姉さんだけではなく、階下の窓際デスクが見えていたオフィスもがらんどう。
 1月いっぱいでどこかに引越ししたようだ。そういえば私は1月下旬から一週間、日本に帰っていたので、実際には引越しを目の当たりにしていない。だから、いきなり、もぬけの殻みたいに感じたのかもしれない。

 その日から、何だか我が家の窓からの風景がうら寂しい。白い建物のむこうにはマンション郡。そのむこうには夕焼けが映える西の空。景色は今までとなんら変わらないんだけど、風景にひとの気配がないというだけでこうも味気ないものになってしまうものなんだなぁと思った。

 ドイツにいた頃、隣の家に、「シーナのおじちゃん」というドイツ人が引越ししてきた。その男性は、「クラウス」というドイツではごく一般的な名前をもつ、私よりもちょっと年上のマッチョなあんちゃんだったけど、飼っていた犬が「シーナ」という名前だったので、便宜上、子供たちの手前、シーナのおじちゃんと呼ぶことにしたのだった。

 そのシーナのおじちゃん宅も、我が家の台所からよく見えた。逆に、家の台所の窓が大きかったので、むこうからも乱雑な流し台が丸見えだったと思う。小さい子供を抱えて、夜遅くまで台所の電気がついていて、手際の悪い主婦が働いていて。

 そのシーナのおじちゃん、同棲していたものすごい美人のおねえちゃんがいたんだけど、ある日、そのおねえちゃん、シーナのおじちゃんとどんぱちどんぱち激しいけんかをして、犬のシーナを連れてその家を出て行ってしまったのだった。

 近所の下世話なおばちゃんたちの話によると、何でも、三十半ばになろうとしているおねえちゃんが、同棲9年目になるし、そろそろ子供が欲しくなったと言い出したらしく、シーナのおじちゃんに「赤ちゃん、赤ちゃん」としつこく迫ったらしい。だけど、生涯身軽な人生を夢見る典型的エゴイストな中年ドイツ人であるシーナのおじちゃんは、絶対に子供に翻弄される生活はいやだ! と暴力をふるってまで我を張ったそうで、心身ともにダメージを受けたおねえちゃんは、自分の女性としての将来も棒に振りたくないので、付き合いの長いシーナのおじちゃんをさっさと見限って、新しい人生を求めるがごとく、同じ町の反対側に自分の部屋を借りて、一人暮らしをはじめたらしい、というのだ。

 一方、隣のシーナのおじちゃん、おねえちゃんが出て行ったあとのショックと後悔と自責の念は大きかったらしく、しばらくノイローゼになってしまった。
 私も隣の生活が丸見えなので、ソファでぐったりしている様子や、力なく食事をしている姿をよく目にした。時折、男の友達が訪ねてきて、悲しみの底から抜け切れないシーナのおじちゃんをバルコニーで一生懸命慰めていたり、たまに、おぉ、女性のお客さんだ! と、隣人のこちらが色めきたったりすると、何のことはない、シーナのおじちゃんそっくりの実のお姉さんだったり。いろんなひとがシーナのおじちゃんを気遣って顔を見にきていた。
 
 シーナのおじちゃんのノイローゼは冬をはさんで半年以上続いたようだった。年が明けて暖かくなって、シーナのおじちゃんの唯一の趣味である、サイクリングにもひんぱんに出かけるようになった。外に出ると、次第にノイローゼも治ってくるものなのか、今度は急に、シーナのおじちゃんの家に艶めいた人々の出入りが増えてきた。春がきたんだネェ、シーナのおじちゃん。

 ただ隣人の私がふと眉をひそめるのは、そのお客というのも、みるからにどこかでナンパしてきたようないけすかない女の子たちばかり。それも、毎回相手が違うようだ。しばらく、バルコニーで和やかにお話して、その後、食事にいったりしているようだ。そのうち、華々しい女性関係のシーナのおじちゃんの町でのよくないいろんなうさわが私の耳にまで入ってくるようになった。

 ある晩遅く、たまたま立ち寄った居酒屋で、ひどく泥酔してしまって目が据わって前後不覚になっているのシーナのおじちゃんを見たことがある。私はお酒を飲んでいなかったので、車で家まで送ると申し出たのに、自分の連れの若いお姉ちゃんに送ってもらいたいといってきかない。私が先に帰ると、その後すぐ帰宅したようだったけど。もう、すぐ帰るんだったら私が送ってあげたのに。きっと、別れ際に、チューとかしてたんだろうと思うけど。シーナのおじちゃんのことだから。

 なんだかんだと、隣のシーナのおじちゃんは、プライバシーを見ようとしなくても台所の窓からどうしても自然に見えてしまうせいか、私にしてみれば、一つ屋根の下・・・とまではいかなくても、隣に住む、親戚のおじちゃんかいとこに準ずる、なんとなく常に気になる存在のあんちゃんなのであった。
 今頃、シーナのおじちゃん、どうしてんのかな? 

 お昼に外出しないといけないのに、何をくだらないこと延々書いてんだろ。ただのシーナのおじちゃんの思い出話でした。わーお、時間だ、時間!
 


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祐子 [MAIL]

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