2009年11月18日(水)  「黙らせろ」と言われても

デニーズで娘のたまと二人で夕食。なるべく外食は避けようと思っているのだけど、今日は一日中パソコンに向かい、冷蔵庫も空っぽで、買って帰るか外で食べるかの選択となった。

デザートにカシスのシャーベットを注文したのが失敗だった。「半分こね」と言い含めたのに、わたしに似て食い意地の張っているたまは独り占めしようとし、譲ればいいのをわたしも横取りしようとし、最後の一口をわたしが食べた瞬間、「うわ〜〜〜〜ん」と店内に響き渡る声で泣かれてしまった。

泣くほどのことじゃないでしょとなだめ、店員さんの視線が背中に刺さるのを感じつつ、さっさとお茶を飲んで引き上げようとお茶を流し込んでいると、「なんで黙らせないんだ!」と客のおじさんに抗議を受け、たまはさらに泣く。すみません、すぐ出ますから……とひたすらぺこぺこ謝りながら席を立った。待ち合いロビーに保育園で同じクラスの女の子を見つけると、たまはぴたりと泣き止んだが、彼女の一家が呼ばれて席に案内されると、離れたくなくて、また泣いた。やれやれ。

わたしも子どもを産む前は「なんでいつまでも泣かせてるんだろ」と不快に思ったり腹を立てたりしたけれど、黙らせる方法があればとっくに試しているのだ。ちゃんと叱ってるし、なだめているし、決して手をこまねいているわけではないし、そこに怒鳴りこむのは火に油を注ぐだけだ。わたしにも泣かせた責任はあるし、静かな食事を邪魔してしまったことは申し訳ないし、わたしたちが悪いことは確かなのだけど、もう少し大らかさが欲しいと願うのは贅沢なのだろうか。なんだか淋しいなと思ったら、わたしも泣きたくなった。

小豆島へ行った帰り、高松郊外のお風呂屋さんでもたまが洗い場で転んで大泣きして、地元のおばあちゃんに叱られたことがあった。でも、そのとき、その人は「いつまでも泣かせていると母親の器量が疑われるよって」とわたしを叱った上で、泣きじゃくるたまに「どうしたどうした?」と声をかけ、「痛かったんか? よしよしもう大丈夫」となだめ、わたしの援軍になってくれた。問題を分かち合って解決をはかろうとしてくれたお節介が心強く、ありがたかった。

ただでさえ子どもに泣かれて孤独を味わっているところに「黙らせろ」と突き放されると、母親は絶望的に孤立する。「一緒に黙らせよう」と分かち合ってもらえたら、母親は孤立しなくて済む。

何を食べたんだか忘れてしまうほどくたくたになって帰宅し、「たまちゃん、泣くんだったらもうデニーズには行けないね」と娘をなじると、「そうだねえ。ドラえもんのおみせにしよっか」とけろっとして言う。デニーズがダメなら、ココス。そんな問題じゃないんだってばと力がぬけた。

2006年11月18日(土)  アーロンバシャ(Aaron Basha)のBaby Shoes

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