2009年02月07日(土)  『パパ ママ バイバイ』と講談「哀しみの母子像」

朝刊2紙と夕刊1紙。あっという間に古新聞になってたまるそれを何日かに一度、バサバサとまとめて目を通し、目に留めた記事を切り抜く。ひとつの見出しに立ち止まる時間は数秒だけど、アンテナを張っている記事とは目が合う。「32年前 横浜の米軍機墜落事故知ってますか 母子の無念講談に」という東京版の見出し(2月1日朝日)が目に飛び込んだ瞬間、もしかして、と思い出したのは、子どもの頃に繰り返し読んだ絵本だった。

米軍機が民家に突っ込み、幼い兄弟が亡くなるが、重症を負った母親は子どもたちの無事を信じ、もう一度会えることを励みに苦しい治療に耐える。1歳だった弟の康弘君が息を引き取ったときの言葉がタイトルになった『パパ ママ バイバイ』。同じ著者・早乙女勝元さんがベトナム戦争で孤児になった女の子を描いた『ベトナムのダーちゃん』とともに、幼なじみのヨシカと何度も読んでは、「ひどい話やなあ」「かわいそうやなあ」と嘆きあった。

調べてみると、『パパママバイバイ』の刊行は1979年3月。わたしが9歳のときだ。本を読んだのは小学校3、4年の頃だった記憶があるから、本が出てすぐに読んだのだろう。本はわが家にあったものなのか、ヨシカの家にあったものなのか。米軍機墜落が77年9月27日で、兄弟の母親・和枝さんが亡くなったのが事故の4年後。絵本の中では、和枝さんは生きる力を振り絞っていた。けれど、和枝さんが亡くなった日のことは記憶に残っている。「宮崎緑さんが泣きながらニュースで言うてた」と知らせてくれたのもヨシカだった。

そんな記憶のかけらを拾い集めながら新聞記事を読んだ。和枝さんの父・土志田勇さんと講談師の神田香織が知り合い、「事故のことを講談にしてもらえたら」と頼まれてから3年。その間に土志田さんは亡くなってしまったが、約束の講談がついに完成し、7日に初披露するという。主催は憲法行脚の会で、土井たか子さんのトークもあると書かれているのを見て、これは行けということだと縁を感じた。土井さんとは5年前にお会いする機会があり(2004年8月26日(木) 土井たか子さんと『ジャンヌ・ダルク』を観る)、それ以来ご無沙汰していた。

そして、当日の今日。講談が始まるぎりぎりに会場に着くと、ほぼ満席。講談は横浜の海の見える丘公園に立つ「愛の母子像」の風景で始まり、回想を経て現在に終わる。もう一度わが子を抱きたいという願いを形にした母子像と、それがかなわなかった現実の対比が哀しい。平和な暮らしを一瞬で奪った墜落事故。自衛隊のヘリコプターが軽症のアメリカ兵だけを救助して現場から去ったこと。全身を焼かれるような治療の苦しみ。多くの人から善意を差し出されての皮膚移植。事故から1年4か月経って子どもたちの死を知らされたこと。それでも生きる希望を奮い立たせ、子どもたちの分も生きようとしたこと。絵本の記憶をたどりながら聞いたが、絵本が刊行されてから亡くなるまでの間に、さらに辛い出来事があったことを講談で知った。心理療法がうまくいかず、最後は精神病患者扱いされ、呼吸困難のために喉に差し込まれた器具で会話もままならず、心の叫びを聞き届けられない形で和枝さんは亡くなっていた。この世の中に、これほどの無念があるのかと打ちのめされ、呆然となった。

休憩を挟んで、神田さん、土井さん、漫画家の石坂啓さんのトークとなった。和枝さんたちが犠牲となった事故では9人が死傷、他にも市民が犠牲になった米軍機墜落事故があるという。だから米軍基地や安保条約や自衛隊はけしからん、と頭ごなしに否定する論調には飛躍を感じてしまったが、和枝さんたちの死から何を学べばいいのか、平和な暮らしを守るとはどういうことか、考える機会をもらった。わたしの中でも風化していた事故に、親になった今再会したのも、何かの縁かもしれない。娘のたまは2歳で、3歳と1歳で亡くなった兄弟の間の年齢。かわいい盛りの子ども二人を奪われ、幸せな暮らしを奪われ、未来を奪われた和枝さんの絶望を想像すると、やりきれない。何の罪もない市民がなぜこんな目に遭わなくてはならないのか、その無念と怒りを忘れないでいたい。わたしの座席の足元で昼寝の寝息を立てるたまを見ながら、そう思った。


会場は、三田駅からすぐの「女性と仕事の未来館」。初めて訪れたけれど、木をたくさん使ったあたたかみのあるインテリアの明るい雰囲気が気に入った。2階にあるカフェの店員さんに聞くと、厚生労働省の建物なのだそう。「Makiba Style」という店名は、お役所センスなのか。好きなデザートを3種類選んだ盛り合わせが499円。ケーキセットにすると、ドリンクが199円でつけられる。食事メニューも充実していて、ここは穴場。おむつ替え台と子どもトイレがそろった広々トイレもあり、たまは大喜びだった。

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