2007年06月12日(火)  想像力という酵母が働くとき

昨日の日記の続きになるが、茨城のり子さんの詩を読んで、「文字数があればいいってもんじゃない」とつくづく感じた。映画一本、本一冊を費やさなくても、研ぎ澄まされた言葉が数行あれば、心を揺さぶることができる。単語ひとつ、数文字だって、名文句になり得る。それで思い出したのは、南極観測隊員にあてた妻からの電報。当人だけでなくまわりの隊員たちも深く感じ入ったというメッセージは、たった三文字。「あなた」とあった。電報が一文字何千円もした頃、後に続けたいたくさんの言葉を飲み込んで、南極に届いた最初の三文字。そのエピソードを新聞のコラムで読んだとき、電報をのぞきこむそれぞれの隊員にも「あなた」と呼びかけが聞こえ、その響きに応えるように、それぞれの胸で続きが綴られたのだろうと想像して、わたしの目にも涙がにじんだ。

最近パンを焼くので思うことだけれど、言葉を小麦粉にたとえると、力のある言葉は想像力という酵母を元気にし、その何倍もの大きさに膨らむ。それは、人を傷つける言葉のときにもあてはまる。そう思うのは、数日前に言われた言葉の傷跡が癒えないからだ。殴られたような衝撃と痛みに、そのときはわあわあ泣いた。それで洗い流せたかと思ったら、一日経っても二日経っても、不意にその言葉を思い出しては、どうしてあんなことを言えるのだろう、あの発言は本心なんだろうか、などと考えてはメソメソし、ポタポタと涙を落とし、メソポタを繰り返している。チグリス川とユーフラテス川の間に発達したメソポタミア文明のメソポタミアとは「川のあいだ」という意味だと習ったが、わたしの両目も二つの川になってしまっている。書くことを生業にしているわたしは、酵母が多めでいつでも発酵状態のようなところがあるから、「あなた」の電報から一本の脚本を思い描いてしまうけれど、たった七文字の棘からも悲劇を描き出してしまう。寝不足と腰背筋痛が慢性化していて、それでも子育てのはりあいが体と気持ちを支えている今のわたしにとっては、致命的な一撃だった。痛烈な刺激が酵母を過剰反応させ、過発酵を引き起こしている。

そんな矢先、生協のレジに並んでいたら、前に並んでいる若いお母さんがわたしのほうを振り返る感じで、ガンを飛ばしてきた。と思ったら、わたしの後方にいるランドセルを背負った女の子に指示を出していた。娘と思われる女の子に「そこにあるでしょ!」と商品を持って来させようとしているのだが、彼女はキョロキョロするばかり。遠隔操作がうまくいかないうちにレジの順番が回ってきて、苛立ちが頂点に達したお母さんは、「もういい!」と言うなり、わたしの背中を突っ切って、わたしのすぐ後ろの棚にある紙パック入りのりんごジュースを手に取った。一本抜き取った勢いで、六本入りのダンボールごと持ち上がるほど、全身に怒りがみなぎっていた。その後、レジを済ませたお母さんが怒った顔で買い物カゴの中身をビニール袋に空ける間、女の子は「ごめんなさい」と謝り続けた。「もういい!」とお母さんはまた言い、早足で店を出た。その後を「ごめんなさい」とすがるように言いながら、女の子が追いかけた。

その光景を見て以来、自分のメソポタを一休みして、その女の子のことを考えている。彼女は家に着くまで「ごめんなさい」を繰り返したのだろうか。家に着く頃にはお母さんの機嫌は直っただろうか。レジの順番が迫って焦ってなければ、あんな言葉にも、あんな言い方にもならなかったのだろうか。「もういい!」はりんごジュースのことだけを指していたのだろうか。女の子には「あんたなんか、もういい!」と聞こえなかっただろうか。彼女の目に悲しみと諦めが宿っているように見えたのは、センチメンタルになっているわたしの錯覚だろうか。身近で信頼している人からの不意打ちの鋭い一言は、深い傷を負わせる。殴られるのと同じで、至近距離からの一撃は、こたえる。自分が娘の親になったばかりということもあり、生協での母娘の姿に自分の未来を重ねたり、母の何気ない言葉に傷ついてさめざめと泣いた過去を思い出したりした。やわらかい言葉であれ、棘のある言葉であれ、それを受け止める側の想像力と掛け合わされて、言葉はさらなる力を持ってしまう。ビルの上から落としたパチンコ玉が、加速するうちに人を貫くほどの力を帯びてしまうように。そのことに思いを馳せて言葉を解き放たなくては、とわが身を振り返っている。

2005年06月12日(日)  惜しい映画『フォーガットン』

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