2007年06月08日(金)  マタニティオレンジ128 モラルない親

朝日新聞に載っていた「モラルない親」についての記事を読んでいて、「え!」となった。「仕事が休みなのに子どもを預ける親」がモラルに欠けるとして紹介されていたのだ。娘のたまを預けている公立保育園の園長先生は「仕事が休みでも預けてくださっていいですよ」と言ってくださっている。家のことをしたり、自分のことをしたりする時間も必要でしょうからと。そのかわり、いつもより少し早めにお迎えに来れるといいですねと。その言葉に甘えて、仕事がなくても用がある日には保育園のお世話になっている。それが、モラルない親になるのか……。記事の前で、はあとため息をついてしまった。

わたしのようなフリーランスの場合、仕事が「ある」と「ない」の境目はあいまいで、打ち合わせも締め切りもなくても、観ておいたほうがいい映画や読んでおいたほうがいい本が常にあり、そういう芸の肥やしを仕込むのも仕事の一部だったりするのだが、平日の昼間に映画や芝居を観ると、「子どもを保育園に預けて遊んでいる」ことになるのだろうか。これまで、後ろめたさを感じていなかったことが、記事を読んで、そういう見方もあるのかと知ると、居心地の悪さを感じてしまった。記事で槍玉に挙がった親は「今日、お仕事お休みですよね」と保育士に言われて、「お金払ってるんだから、いいでしょ」と開き直ったという。その言い方や態度に「モラルがない」と評価を下すのは理解できるけれど、「仕事がないのに子どもを預ける」行為そのものが「モラルかない」とひとくくりにされるのは複雑だ。

その記事が出た数日後、反響をまとめた追っかけ記事が載った。わたしのように戸惑いや反感を抱いた人からの反論がいくつか紹介され、しめくくりに有識者のコメントがあった。内容はうろ覚えだが、「保育園は保育に欠ける状態を手助けするものであるので、保育に欠けないときに利用するのはルール違反である」「子どもは少しでも親と過ごしたいものなので、自分のことは後回しにしても一緒の時間をつくってあげるべき」といったことが書かれているのを読んで、わたしは再度首をかしげることになった。記事では「母親」と明記していなかったように思うが、そこで言われている親は「母親」を指していると思われ、「お母さんは子どもと一緒に過ごすもの」という前提に立っている印象を受けたのだ。

母親にしかできないこともあるとは思うけれど、育児の責任を母親に押しつけられると、働く母親は責任放棄している格好になり、いたたまれない。子どもを預かってもらえるかどうかという物理的な問題よりも、子どもを預けることへの偏見や無理解が、働きながらの子育てを難しくしている気がする。一日中子どもと過ごしている専業主婦のお母さんたちもまた、長い時間をどう過ごすかという問題や(「間延びする」「ネタ切れ」「体力が持たない」という声はよく聞く)、自分のことが何もできないという悩みを抱えている。もっと子どもと過ごす時間をというのなら、お父さんたちの残業や休日出社を減らすことに国を挙げて取り組むべきなのではないのだろうか。お父さんは働くもの、お母さんは育てるもの、という単純な図式に窮屈な思いをしているのは、わたしだけではないと思う。

2005年06月08日(水)  歩いた、遊んだ、愛知万博の12時間
2002年06月08日(土)  P地下
2000年06月08日(木)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/26)

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