2007年01月30日(火)  作り手の手の内、胸の内。

映画のDVDの特典にある制作者のコメンタリーを聴くのが好きだ。どんな思いでこの作品を作ったか、このシーンを撮ったか、作り手の思いを共有できると、作品がいっそう面白く愛しくなる。映画や演劇のパンフレットやチラシにある制作者の言葉を読むのも、同じ理由で好きだ。

先日ひさしぶりに舞台を観に行ったとき、移動中に読む本に選んだのが、劇作家の井上ひさしさんの『演劇ノート―エッセイの小径』だった。自身が戯曲を書いた舞台について、企画の背景や作品に込めた思い入れや苦労話などをテンポのいい文章で綴っていて、エッセイとして楽しめる上に、観ていないお芝居を垣間見つつ舞台裏までのぞかせてもらっている気持ちになれる。納得のいく本が上がらなければ初日をずれこませてしまうことで知られているが、「多方面に迷惑をかけるから間に合わせなければ」と「中途半端なものを出してはお客様に申し訳ない」の間で葛藤しながら、何とかして、どうだっというものを産みだそうとあがき苦しみ、頭を抱えたり抱えられたりしながら本を仕上げていく。その過程や事情をつつみ隠さず語っていて、この人はとても正直で真っ直ぐな人なのだろう。そして、自分はこういう意図でこの作品を作ったのだけれど、それがうまくいっているかどうか、決めるのはお客様だ、という姿勢が一貫している。幕が開くたびに審判を受ける思いで幕間から客席をうかがう。以前読んだアンデルセンの自伝にも、その緊張感と覚悟が書かれていた。作品を「世に出す」のではなく「世に問う」のだ、と作り手の意識のありようをあらためて示された思いがする。

作り手の舞台裏といえば、最近読んだ石田衣良さんの『てのひらの迷路』が大変面白かった。原稿用紙十枚という掌編の連載をまとめた短編集だが、各短編をどうやって発想したか、という手の内を明かした解説がそれぞれの掌編の前に収められている。作者のルックスとも相通ずるようにスマートで都会的にまとまった作品は単品でもおいしく味わえるのだけど、メイキング部分を読んでから本編に進むと、料理長の説明を聞いてから料理をいただくときのように、興味や親近感やありがたみがトッピングされて、いっそう味わい深い。私生活を下敷きにした掌編も多く、作者の手の内だけでなく人となりもうかがえる。あとがきで紹介された亡き母の苗字、石平からペンネームの由来を知った。

2002年01月30日(水)  ボケ

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