2005年07月01日(金)  ハートがいっぱいの送別会

■大学4年生になった春、資料請求やOB訪問にそわそわする同級生をよそにのんびり構えていたわたしは、「就職はどうするの?」と聞かれると、「結婚する」と答えていた。それを聞きつけた彼氏は、「とんでもない!」とごねた。広い社会に出れば、いくらでも出会いがあるのに、学生時代につかまった彼女で手を打つ気はない、と。急遽、就職活動をはじめることになったわたしは、「会社の歯車にはなりたくない」とわかったような口をきき、「歯車にならないためにはコピーライターになるしかない」という思い込みで広告会社を受けはじめた。あのまま就職せずに家庭に入っていたら、かなり偏った大人になってしまった気がするが、運良く採用してくれた会社があった。のびのびと言いたいことをいい、やりたいことをやらせてくれる環境の中で、歯車にされるどころか、わたしがまわりを振り回す毎日。『ブレーン・ストーミング・ティーン』のあとがきにも書いたけれど、入社してしばらくは空回りばかりしていた。でも、職場にはわたしの失敗や爆弾発言を面白がってくれる余裕があった。脚本を書き始めてからも、同僚や上司は、関心と無関心の見事なバランスを見せてくれた。会社勤めをしながら脚本を書くようになって、6年。時間的にはきつかったけれど、わたしにとって会社は、生きた台詞とキャラクターとエピソードを供給し続けてくれるネタの宝庫だった。でも、去年ぐらいから、だんだん二足の草鞋がきつくなってきた。締め切り前の土日が休日出勤と重なったり、「明日から1週間空けられますか」と言われても会社員には難しく、喉から手が出るほどやりたい大仕事に逃げられたり。「神様には前髪しかない」と前田哲監督が教えてくれたのを思い出した。そっぽを向かれたらもう、つかむところはない。だから、神様がこっちを向いているときに思いっきり前髪をつかんで、離してはいけないのだと。脚本家としてどこまでやれるのか、両手を自由にして、賭けてみたくなった。思い切って打ち明けたら、同僚も上司も拍子抜けするぐらい迷いのない力強さで「行け!」と背中を押してくれた。「お前ほど楽しそうに会社に来てるヤツも珍しいが、そのお前が辞める踏ん切りがつくぐらい脚本の仕事が来てるってことは素晴らしい」と上司は言った後で、「でも、うまくいかなかったときは、帰っておいで」と付け足した。涙が出そうになった。気がついたら、入社して13年と3か月。いろんな会社の広告作りに参加できたし、海外ロケや視察も行ったし、カンヌも2回行ったし、組合もやったし、会社でやり残したことといえば社内恋愛ぐらい。一生ものの経験をたくさんさせてもらった。

■今日は、わたしのいた制作本部の送別会。残業は当たり前の職場なのに、7時からの1次会に40人が駆けつけてくれる。柄にもなくパークハイアット東京のピークバーで41階からの夜景を肴にしっとりと。「せっかくだからセレブなとこで」という幹事の計らい。回廊式に配置されたソファの間を回遊しながら、ご挨拶。2次会は居酒屋『月の雫』の個室でワイワイガヤガヤと。ここで、記念品贈呈。「ハートのもの」をリクエストしたら、次から次へと、よくこれだけ集めましたというハート攻撃。締めの挨拶で、現在は他の広告会社に勤める入社当時の上司は「鳴り物入りで入ったくせに全然ダメで、けっこう厳しく教えたんですけど、最後のほうはいいコピー書くようになったなって思っていました。口には出しませんでしたけどね」。そんな本音が聞けるのは、辞める人の特権。3次会は恵比寿のマンションの1室にあるbar l'atelier。看板はなく、オートロックで部屋番号を押して通してもらう。余計なものは省かれ、あるものにはこだわりを注いでいるような、落ち着きと高級感が同居する心地よい空間。カップルがお忍びで飲みに来る隠れ家のようなバーだけど、今夜はいつの間にか貸切になり、写真撮影で盛り上がる。飲み放題2軒でさんざん飲んだ後なのに、ワインがとてもおいしくて。あー幸せ。大好きなまま辞める会社を、送別会であらためて好きになってしまえるのも、幸せなこと。

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