2004年01月04日(日)  じゅうたんの花の物語

■2002年秋、「風の絨毯」脚本の話が舞い込んで、わたしが最初にしたことは、ただひとりのイラン人の友人と会うことだった。イラン人の父と日本人の母の血を引く彼は、同時多発テロ直後でテレビ局のニュース翻訳に引っ張りだこの中、時間を割いてくれた。「イランと日本の合作映画で絨毯の話をやりたいと考えているんだけど」と話すと、「イランにこんな話があるよ」と語ってくれたのが、『じゅうたんの花の物語』。そのとき取ったメモが長らく行方不明になっていたのだが、大掃除で発掘できた。走り書きを少し物語風にふくらませて書き記しておこうと思う。
じゅうたんの花の物語

 あるところに仲のいい一家がいました。お父さんは羊を飼い、その羊の毛糸を染めて、お母さんがじゅうたんを織って暮らしていました。子どもたちは元気ないい子ばかりでしたが、お手伝いは好きではありませんでした。
 ある夏、日照りが続いて、羊に食べさせる草が枯れてしまいました。お父さんはひとりで羊を引き連れて、遠いところへ旅に出ました。太陽と星が何度も過ぎ、丸々と太った羊たちと、たくさんの小羊たちを連れて、お父さんが戻ってきました。
「お父さん、どこ行ってたの?」と子どもたちはお話をせがみました。
「北へ行ってきた。北には森があって花があって鳥がいたよ」
「森って何?」
 生まれたときから南に住んでいる子どもたちは、森を見たことがありませんでした。
「森というのは、お前たちの何倍も大きな木が何百とひしめいているところさ」
「あとは何を見たの?」
「海を見たよ。海には魚がたくさん泳いでいた」
「海って何?」
「魚って何?」
「泳ぐって何?」
「海というのは、一面に水が広がっているところだよ。水たまりを百個、いや千個集めたようなところだ。その中を魚というきれいな色をした生き物がひらひらと動き回っているのさ。空を鳥が飛ぶみたいに」
「ぼくたちも海に行きたい!」
「森も見てみたい!」
「お話だけじゃわからない!」
 子どもたちはもう大騒ぎです。お父さんが見てきた場所を、自分たちも行ってたしかめたくて仕方がありません。
「だめだめ。お前たちはまだ小さすぎる。旅は危険だ」
 お父さんは子どもたちの小さな頭をなでて、なだめました。
「じゃあ海を連れてきて!」
「森を連れてきて!」
 子どもたちはおなかをすかせたときのように床をばんばんたたきました。
「そんなことできないよ。海も森も、とてつもなく大きいのだから」
 お父さんは困った顔で言いました。やれやれ、おとなしい羊にくらべて、子どもは何と世話が焼けるのでしょう。
「いい方法があるわ」
 お母さんのやさしい声がしました。お母さんはさっきからお父さんと子どもたちのやりとりを黙って聞いていたのでした。
「いったいどんな魔法を使うんだい?」
 とお父さんがからかうと、お母さんは毛糸を差し出して、言いました。
「さあみんな手伝ってちょうだい。お父さんが頭の中に持って帰ってきた景色を、じゅうたんに織るのよ」
 子どもたちは、わーいと歓声をあげ、色とりどりの毛糸に飛びつきました。こんなにうれしそうにお手伝いをするのは、はじめてです。
「お父さん、森は何色?」
「森は深い緑色だよ。青に近い緑だ」
「海は何色?」
「海は青だ。太陽が当たるところはきらきらと黄色く光る青だよ」
「魚は何色?」
「赤やら黄やら、いろいろだ。しましまの魚もいるし、虹みたいなのもいる」
 子どもたちは森の向こうに広がる海と、その中で泳ぐ色とりどりの魚を早くじゅうたんにしたくて、うずうずしていました。でも、めったにお手伝いをしないので、糸の結び方もさまになりません。最初は失敗ばかりでしたが、子どもたちはしんぼう強くお母さんを手伝いました。少しずつ、森は森らしく、海は海らしく見えるようになってきました。
 秋が過ぎ、冬がめぐってきました。
 出来上がったじゅうたんは、世界中の花がいっせいに咲いたように、きれいで楽しい色があふれていました。空には鳥が、森には花が、海には魚が、いのちの色をきらめかせていました。
「これはお父さんが見てきた森と海だ。ううん、それよりもっと美しい景色だよ」
 お父さんは子どもたちをぎゅっと抱きしめました。
「わーい、海だ! うちに海が来たよ!」
「わーい、森だ! うちに森が来たよ!」
 子どもたちはじゅうたんの森を歩いたり、じゅうたんの海で泳いだりしました。力を合わせて織り上げたじゅうたんは、とても丈夫で、あったかいのでした。
「このじゅうたんがあれば、わたしたちは海や森の中で暮らせるわね」
 お母さんはにこにこしながら子どもたちを見ていました。家族みんなが寝転がれるぐらい大きな大きなじゅうたんなのでした。
 子どもたちはじゅうたんを織るのが大好きになっていました。毛糸を染めるお手伝いも、その毛糸を作ってくれる羊の世話をすることも、いやがらなくなりました。じゅうたんを織るときは、自分たちが見たい景色を織るようにしました。誰も見たことのない珍しい模様のじゅうたんが次々と出来上がりました。そのじゅうたんは、買った人たちも幸せな気持ちにするのでした。
■この微笑ましい物話には、「一枚の絨毯が持つ豊かさ」を教えてもらい、「色の豊かさと心の豊かさ、糸の結びつきと心の結びつきを重ねて描きたい」という方向性を指し示してもらった。脚本の初稿には、絵を描くさくらにルーズベ少年が「日本を連れてきて」と言う台詞を入れた。その台詞はなくなっても、この物語から得たものはスープになって作品に溶けてくれたことを願っている。

2002年01月04日(金)  ひだまりでウェイクアップネッド

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