今日は朝のうちは激しい雨、でも午後は晴れて蒸し暑くなりました。予報でも午後からは晴れてくるということだったのでそのつもりで外出。職場で、すごくがっちりした長靴をはいているひとを見かけたのですが、今日みたいになってしまうと蒸れるし使い方が難しいものですね。先日バーゲンで買った傘袋を持って行きました。
今日は移動して会議でした。とりあえずわたしのいる部署にとっては明るい感じで終わって、ちょっと安心。もちろんこれで「決まり」ってわけじゃないので予断を許さないところではあります。
二冊読んでしまうと廃人になっちゃうのがわかってたから、宮部みゆきの最新刊『孤宿の人』(こしゅくのひと)上巻だけを買いました。帰りの電車→駅のホームで区切りまで→家でねっころがって。で読んでしまい、ああー続きが気になる! というところです。
宮部さんは新刊が出るとそのまま買う数少ない作家のひとりですが、このところはちょっと惰性になってきたかなと思っていました。でも、ふつうは時代小説ってとんと読まないわたしですが、このひとのはわりと合うみたい。『震える岩』のクライマックスで胴震いがして涙が出た感じは今も覚えているし、短編集『幻色江戸ごよみ』にもずうんと重いものがある。このまえに出た『ぼんくら』もわりと好きでした。
つらつらと考えていたのですが、このひとの書く現代ものはこのごろかなりの厚さになってますね。『模倣犯』とか『理由』とか。このふたつとも、わたしは冗長だと感じました。もちろん今となっては初期作の『火車』は数回読み返したくらい好きで、だから今も続けて読んでいるのですが、近作はそれほど・・・・・・と思っています。 それからファンタジー系の『ブレイブ・ストーリー』も、『ico』も、やっぱり書きすぎだと思いました。後者にいたっては読了せず積んどく状態なくらいです。
絶対的評価のようなものをくだすことはできないし、それは「ない」と思うんだけど、たぶん時代劇を書くときの抜きかたがわたしには合うんだと思う。ファンタジーでは異世界構築に多くの紙面が割かれている、このひとの文章は好きですが文章だけをただ読んで快いというよりはやはり物語、あるいは文章の向こうにあるものを味わうタイプだと思うので、物語が停滞しているように思えてしまうみたい。
現代ものは一応同じ世界に立脚していると考えられるので雰囲気や風景描写にはそんなに手間はかけてないと思うのですが、こんどは「さまざまな立場からの[ほんとう]」みたいなのを重層的に、というのが全面に出てしまってこれも長く感じてしまうのではないかと思います。
それに比べ、時代物の場合はちょっと[おはなし]染みていて、それはこのごろの現代ものではあまり描かれなくなった超常的現象などもふっと腑に落ちるような心の持ちようがあるひとびとの話で、ほどよい簡略化というか、二次的な人物の内実はあくまでも主役格との交渉のなかで、ことばや行動からにじみ出てくるものにとどまっているようなのが、実際には長い話だったりしながらも冗長さを感じずに読める要因なのかな、と思いました。
わあー、なんかずらずら書いてしまった。 もちろんこの『孤宿の人』、下巻を読んでいないうちに全体的評価をくだすわけにはいかないのですが、描写とストーリーのバランスという意味で自分なりになんか、書いてみたくなったのでした。
自分的妄想脳も活発化していて、はんぶん逃避みたいなものではありますが[クロロの股間もりさけそうですノリノリらぶ? ぽえむ]みたいなのをざざーっと続けて書いてはまあ、これって九月のエロ本へのエチュードみたいなもんか。と思っています。スタンスとしては拍手向きなんだけど基本的にハード系なのでそういうだし方はできないなあ。唐突に始まり唐突に終わっちゃうことだし、「話」ですらないのです。
とりあえず明日は早起きして(五時とか?)ブラジル戦の行方を確認し、きっと『孤宿の人』下巻を買って読み、金曜日はエクストラの仕事その二で、土曜日はあいやーいまごろの分だったかでも見に行きたいよのバレエに行って、そこでちょっと一息。という感じかもしれません。 六月の追い込み、あと十日足らずの踏ん張りでありまする。
そんなわけで。拍手、メッセージ、さらにさらに嬉しくありがたく見ております。
|