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空想妄想いろいろ日記
青木カナ
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2005年05月06日(金)
発情期とラトゥール

 そういえば昨日はゴンの誕生日だったなあ、と思いながら支度して出勤しました。
 去年はだらだらしながらもゴン→クラピカ書いたけど、あの話の続きが万一あるとしたら
[クラピカについていくことはなんとか成功したけど、まだ想いを伝えるにはいたってない]
って感じかなあとか。

 しかし書くかというとたぶんそうじゃなくて、そういえば同人誌原稿に入るまえに考えていた師クラやらなきゃー、というのが出勤時の妄想。
 発情したクラピカさん(nやまさん、性教育まともなの受けてなくてしかも発情期があるってのいいですよ! 都合も(笑)いいですよ!)に
[あたたかい、やわらかい、やさしい女を与えてやろう]
と一度は思う師匠だけど結局は。
 という方向になりそうだなあと思ったり。
 
 クルタの種を世界中に蒔いて、コレクターの手なんかおよばないところほどにしてしまえと(いやもちろんひとりじゃ無理だろうけど)言われたらどう反応するだろうなあ、とか。
 ついでに萩尾さんの『銀の三角』というマンガに出てきた、絶滅種最後のひとり(やっぱり発情期があるのだよ)が研究者に保護され交配のために籠もってるところとか思い出したり。
 さて、結局どんな話になるでしょうか。

 仕事がすこし早めにおわったので、金曜日だと美術館の閉館時間も遅めだしと上野まで足をのばしました。それでも疲れてたのでやっぱりふたつ見ることはできなくて、西洋美術館のラトゥール展と常設展(これはさっと歩いてお気に入りをまじめに見たくらい)、収蔵品のなかから版画作品ピックアップをするそうなのですがそれでマックス・クリンガー展を見ました。

 ジョルジュ・ド・ラトゥールは十七世紀ロレー ヌ公国(現在のフランス)の画家。さまざまな理由から現存する真作は世界中でたったの四十点だそうです。
 わたしにとっては「ダイヤのエースを持ついかさま師」と、「大工聖ヨセフ」の画家。いかさま師のほうは登場人物の衣類が豪奢に、とても豊かに描かれていたので、なんとなくそういう作風なのかなあと思っていました。ついでに最近まで、十九世紀の画家ファンタン・ラトゥールと名前がこんがらがってた画家(ナサケナイ)。冬にNHKでやったルーヴル特集でもとりあげられていたので、パリに行ったときルーヴルでも見てきました。

 詳しい紹介や今回の展覧会については、ネットで見つけたキュレーター高橋氏のインタビュー「ジョルジュ・ド・ラトゥール展を語る」(でヒットします)にあります。

 今回好きだなあと思ったのは「砂漠の洗礼者聖ヨハネ」と「書物のあるマグダラのマリア」です。どちらも夜の雰囲気。簡略化されたかのようななめらかなからだの線、それを照らすあわい光は光源がさだかではなくて。
 なにしろ真作が少ないのですが、できのよいコピーや同時代の似たモチーフ作を展示したりして、なるべくラトゥールの全貌を見せようという工夫がある展覧会でした。音声ガイドを借りてゆっくりまわりました。

 つぎは国立博物館の展覧会に行こうかとも思ったけど、常設展しばらく見ていなかったし、マックス・クリンガーに興味もあったのでそのまま西洋美術館を歩く。
 ひさしぶりに見るとおおー、いたりゃーの宗教画けっこうあるな。印象派とかが強いのはわかってたけど、わたしの好きなナビ派もあるな(ボナールもあって、動物はうさぎでありました)。ティエポロも二枚あって、やっぱりこの画家の空の水色、うかぶ靄の薔薇色、そして輪郭線の茶色が好きだなあ。そして常設入ってすぐはロダンだったけど、先週pさんと名古屋で見たのとそっくりな「じょうねつのあらし」的接吻像もあったよ。

 クリンガーは・・・・・・表現主義? ドイツ1857-1920。絵画、彫刻、版画みんな作りました。でも版画が一番評価が高いそうな。版画連作は14あり、西洋美術館にはそのうち11があるということで、今回はそのうち3シリーズ「イヴと未来」(これが一番好き)、「ある生涯」、「ある愛」を展示。
 入り口に拡大表示されていた「夢」@[ある生涯]、道のまんなかに虎(けっこうかわいい)が立っている「第一の道」@「イヴと未来」、楽園を追放されて荒野へ放たれるふたり、アダムがきっちりとイヴを肩にしょってるのが印象的な「アダム」@「イヴと未来」が印象に残りました。

 それでさすがに疲れたので売店で買い物をして帰宅。
 版画といってもいろんな言い方があって、その違いがよくわからないので勉強用に『西洋版画の見方』、『巨匠に教わる絵画の技法〜画家の目と技でつづる美術史』、高山宏『テクスト世紀末』。
 それから今市子『五つの箱の物語』を駅の売店で。

 なんとか『タイガー&ドラゴン』は見ておやすみなさいー、でした。 

・・・・・
ラトゥール覚書。
・最初に展示されていた「アルビの[キリストと十二使徒]」連作(実作がかかっていたのはごく少数、行方不明のためにスペースが空いてるだけの部分も。ただしこのうちの一枚「聖トマス」を西洋美術館が国内のコレクターから買い上げたことがこの展覧会実現のおおきな動機になった)、イスカリオテのユダのかわりにパウロが入ってた。
・火をおこす、とかたばこに火をつけるというモチーフ、当時好まれた。

・最初の部屋に作品があった[ヴィエル]は独自の構造によって機械化されたヴァイオリン。
(展覧会案内からの引用)「中世には理想的なハーモニーを奏でる楽器として、教会や上流階級の音楽会で演奏された。しかしその後、ドイツで托鉢修道士の楽器となり、14世紀にリズムを刻む機能が加えられると、市や祭り、農村の結婚式などで奏でられる民衆の楽器として浸透した。15世紀以降のフランスではもっぱら、「盲目の物乞いが哀れみをそそるために奏する楽器」と見なされ、16世紀の北方でも、ボスやブリューゲルが宗教的盲目への危機を諭す教訓的図像のなかで、盲人を表す記号として用いた。(中略)ヴィエルが再び宮廷音楽家の注目を浴びるようになったのは、17世紀後半のことである。その後、ヴィヴァルディ、モーツァルト、ハイドン、シューベルトなどがこの楽器のために作曲した。現在では、地方の伝統楽器、民俗音楽や古楽を奏でる楽器として僅かながら生産されている」
・(引用)「当時のカトリック教徒にとっての最大の関心事は、「最後の審判」の日に自らの魂が救われるかどうかということであった」
・巻き紐の産着(引用)「西洋では比較的最近まで実際に使われていた。みどり児はさまざまな大きさの柔らかな布と保湿用の毛織物で包まれ、その上から紐で固定される。西洋では子供の体が変形したまま成長することは非常に恐れられており、巻き紐はまだ柔らかいみどり児の体を保護し、四肢をまっすぐに整形するために使用された。」「紐の色にも象徴的な意味がある。(中略)「赤はペストやはしかなどの伝染病を予防すると信じられていた。また洗礼を受けるまでのあいだ、みどり児に悪霊が取り憑かないよう蝋燭を灯し、夜を徹して順番に見張りを続けるという古くからの習わしもあった」