の晴天は午後までおあずけ。朝のうちは横殴りの雨が降っていました。それにしても今年十個目! の上陸台風、その被害の大きさに驚きます。
さて通勤列車に乗るまえにふとレオクラのネタみたいなものが浮かんできました。一月に二周年記念でリクエストをおうけしたもの、さすがに三周年までずれこむのはまずいのでこのネタでいけたらいいな。週末すこしがんばってみます。クロクラ看病ネタも捨ててないですよ。
uさんのところの師匠男前だなあ・・・・・・! すね毛が素敵です。大きな荷物しょって里帰りしてきた弟子を 「ずっとここにいりゃあいい」 と押し倒してくださいv とか考えてしまいました。 男前といえば9Sさんのところの9Sマンガは最近のWJ連載ハンターをテーマとした問題作(?)。ここのクロロ番長がいつになくオットコ前ですよ! こころなしか首も太いのだよ〜。
書店で早川のナショナル・ジオグラフィックシリーズを二冊注文。吟遊詩人の南フランスとあとは『オアハカ日記』です。 買ったのはマンガが吉野朔実『いたいけな瞳』4巻、長岡良子『うす紅色の夏の影』。文庫で高森敏明『バルセロナの厨房から』、戸井十月『チェ・ゲバラの遥かな旅』。
それから新書で清水義範『大人のための文章教室』。これをほとんど読みました。新しいことはあんまりないのですが、ぼんやりと考えていたこととかてきとうに実行していたこととかをきれいに切り分けてあるので頭の整理になります。 考え考え書くと最初は読点(、)が一節ごとに入っちゃうとかね。これを見直しのときに最低限にまで削るのがひとつの作業です。日記についてはざっと書いて一回誤字チェックをするくらいなのでかなり適当ですが、小説のときには小品でもかなり真剣にやります。あと削るのは主語。わたしは「登場人物の誰かに寄り添ってる三人称」で書くことが多いのですがその視点人物については極力表明なし。相手についてもことばや動作、切り換えでわかるなと思うときにはできる限り削ります。この削る作業がけっこうおもしろく、たまに削りすぎ? と思って復活させることもあったりして。
あんまりリアリズムを追求してもしょーがないだろうけど、一人称にはある意味嘘くささがまつわりつくような気がしています。回想して語っているならばとにかく、実際にその場の当事者であるときに 「わたしは驚いた」 という言説が可能なのか? と思ってしまうのだな。あと、 「考える前に〇〇していた」 なんて分析的なのはどうよ? とか。そのひとが分析的キャラならそれもまたいいな、不自由さを逆手に取れるなとも思いますが。
これからやってみたいのは長い長い一文で進んでいくタイプ。いつのまにか景色も変わってしまってるのにうまく乗せられてするすると読んでこころに入っていくというのが書けたらすばらしいと思う。 でも、一人称じゃないけどその話の視点になってる人物のものの見方などがある程度は地の文の流れに反映されるはずだと思って書いてるので、それって案外難しいかもしれませんね。クラピカはやっぱりぱきぱき行ってほしいし、クロロだったらおもしろいのは極端な一人称だったりします(これはうさんくささを含めて楽しい)。レオリオもそんなにてれてれと流れていくタイプじゃないと思うんだな。
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