度々旅
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8月15日ということで、靖国神社へ。おととしくらいから、一度15日に行ってみたいと思いつつ、旅に出ていたので行けずじまい。ちなみに、靖国の傍にはインド大使館があります。以前都内に少し大きめの地震があったときに、職員たちがが周囲の様子を見るために外に出たら、その間に調理室から火が出てボヤになったインド大使館です。 あのあたりは、緑が多くて好きです。そういえば、ここ1年くらいあの辺りによく行っている気がします。一応、そのたびに靖国神社へお参りを、と思っても夜が多くて、閉まっていて参拝できないことが多々ありました。 母方の祖父は、台湾で戦っていました。戦後は、亡くなった友人のために、毎年8月15日に上京して靖国へ来ていたそうです。まだ私が小学生くらいまでは、私は毎年この季節に母の実家へ遊びに行っていました。広島、長崎の原爆投下の日の朝、8月15日の正午に、祖父が黙祷をしていたのを覚えています。たぶん、年をとり、上京することをやめたと思うのですが、祖父が8月15日にどのような思いで黙祷していたのか、どのような思いを抱えていたのかということが知りたいということもあり、今年は靖国まで行ってみました。 わけのわからない団体の多さにはびっくりしましたが、雨ということもあり、いつもより揉め事は少なかったようです。 参道で行われていた戦没者追悼中央国民集会で、君が代斉唱の時、私はなんとも言えない思いになりました。君が代を今まで歌う場面は多々ありましがた、それはあまりにも形式的なもので、世間ではいろいろ問題になっておりますが、はっきり言えば何か考えて歌ったことなどなかったわけです。卒業式で歌う君が代は、その他の曲に比べれば、ついでみたいに歌われていたような思い出があります。そんな歌が、たくさんのお年寄りや、その家族によって、お腹から出る大きな声で歌われているわけです。皆、堂々と誇りを持って歌っているわけです。日本人である私が、自分の国の国歌を、これほど堂々と歌ったこともなければ、歌っているのを聞いたことがないってことは、この国がいかに多くの問題を抱えているかということを示しているといえました。報道によるどれほどの情報よりも、この歌声は、多くのことを私に感じさせてくれたように思います。 その他、終戦の詔書の玉音放送を初めて全部聞くことができました。文章を見ても、何を言われているのか、まったくわかりませんでした。「偲びがたきを偲び…」のところしか、わからなかったのですが、いつもこの玉音放送がテレビなどで流れるとき、あの部分しか流さないのは、あの部分しかよく聞き取れないからなのでしょうか・・・。 とまぁ、学部生の時は反基地デモをし、今は8月15日の靖国に行きと、ノンポリ丸出しで生きているわけですが、こういう問題を「わからない」とは言わずに、オルグられるのではなく、自分の目で見て感じて考えていきたいと思います。国というものは、私が一生背負わなければならないし、逃れることができない、大きな枠なのですから。 帰り際、大学の先輩と偶然遭遇。たくさんあるテレビカメラに映らないように、がんばって逃げていたのに、結局誰かに見つかってしまうとは。。。
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