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Nekomar's Diary

2007年09月09日(日) 便利であること

昨夜は神社で歌を歌ったのん、
家に帰り着いたのは20時半頃。それから支度をして、寝たのは21時過ぎ…。

さすがにくたびれたらしく、朝はゲキレンジャーの放送時間に
間に合わなかった。(7時半から放送する)

…うん、でも実はHDDに録ってある。大丈夫、見られるんだ。

・・・。
のんたちの世代から下は、きっと大人になった時、
とても時間にルーズになるのではと危惧する。

だって、楽しみにしているTV番組を見逃しても、簡単に録画・再生できるし、
待ち合わせの時間や場所もさほど詳しく決めていなくても
携帯でやりとりして友達と会うことができる。

それは、とても便利なことだけれど、
私たちの世代はまだ、「不便だった頃」を知っていて、
今の「便利」を享受していると思う。

16時からのアニメが見たくて学校から走って帰ったり、
待ち合わせ場所に友達が現れなくて、手分けして公衆電話に走って
友達の家に電話をかけたり…。
そういうことがないままに、便利な状態だけ知っていたら、
時間や空間に関して、なにか違う感覚になるのでは、と思うのだ。
(いや、別にアニメを見に走って帰らなくていいけれど)

こと、TVに関しては、
便利すぎて、いつでも、なんでも、好きなものを好きなだけ見られるという
状態は、私の好むところではないので、
ささやかな抵抗をしてみる。

「残念だったねぇーー。録ってあるから見られるけれど、
いつも見ている時間はこれで終わりだから、今日は見られないよ。
明日とか明後日とかに、宿題も全部終わって、
なにかTVを見てもいい時間になったら、見られるかもしれないね」

・・・なんかどっちやねん、という感じか?

ただ…子どもたちも、あまりTVに執着しない。
(否、これは「いつでもなんでも見られる」から、執着しないのかも)
だから、
「あーあ」と言うことは言うが、
わかった、また今度見るねと引き下がる。

あんまりガッカリしたり、悲しんだり、見たいと主張したりしないのも、
なにやら変な感じがする。

・・・いや、それこそどっちやねん、と言われそうだ。


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