ハラグロ日誌
書人*ちる

   

  




大台
2004年11月26日(金)
大台。30代になる=大台に乗るっていうイメージ。
私も今月30歳になって、30代のスタートラインに立ちました。
20代スタートの日、ポツンと部屋で独りで泣いていた自分は本当に幼かった。多くのワカモノがそうであるように、子供っぽい自己愛も、無知も、強気も、まだまだ武器だと信じていた頃。
あれから10年。留学、大学卒業、就職、結婚という様々な転機を経験して、沢山の人と出会い、別れ、徐々に自分の人生に対する視座が主観から客観へシフトしました。10代の時に持て余していた「自分」という入れ物と中身を、20代前半で飼いならし(でも時にはまだ持て余しつつ)、後半でどのように自己演出するかという事を意識的に足し引きしながら操縦し、訓練し、出来上がったのが現在の自分。振り返れば、反省点が多々あり過ぎて、いたたまれない気持ちになりますが、まぁ、努力した事に関してはなんとかカタチになったのでは?という自負もあり、この30年間の自分を概ね労いたい気持ちです。
でも、大台だなんだと言っても30歳はあくまでスタート地点。10年前、20年前の自分が「早く30歳になりたい」と漠然と思い描いていた年齢になってみて、さぁ、じゃあこれから先は?というと全く想像外なのです。何故これまで40歳とか50歳とか60歳の自分を想像した事もなかったのか?それは、いつまでも自分が若くいられるという傲慢さのあらわれです。
もう、そう若くもない、かと言って老いているというほどでもない、年の重ね方が一番難しい年代だからこそ、自分の身体も心も鍛えなければ、年をとる事を楽しめない、そんな気がします。失ったり損なったりする事を恐れてばかりで何も自ら得ようとしない人生は悲しいです。シワが増えても、記憶力が多少悪くなっても、年とったなーって卑屈にならない人は、年齢相応の人間的な美しさや知性を育てていけるハズだから。
10年後、大台を乗りきって不惑の年を迎える時に、この日の事を振り返って何を思うのか。たぶん惑いまくっているんじゃないかと思いますが(笑)、どんな素敵なおばあちゃんになろうか、そんな事を夢見ていられる40歳になれていたらいいなぁ・・・。









設計*しゑ(繊細恋愛詩)
感謝→HP WAZA !
素材著作権且感謝→M3