あたろーの日記
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2005年12月04日(日) 一瞬の触れ合いでも。。

 旧暦11月3日。
 昨日の日記に訂正があります。
 圓生や志ん生が生きていた頃に、私も生まれていたのでした。しかし、子供の自分には落語というものがあるのを知らなかった。うーん。私が子供の頃、自宅にはビートルズのレコードはあっても、圓生の噺は流れていなかったのであった。。。うちの親も若かったんだなー。
 
 午後は雨が降るっていうから、午前中のウチにMTBで思いっきり走ってこよう、と、着替えて水筒を持って、MTBにまたがって出掛けたものの、自宅から1分走ったところでポツポツと。。。「なんだよっ」と、思わず悪態つきながら帰ってきた。ちぇっ。
 
 スーパーに買い物に行き、レジで。。。お釣りをもらうとき、レジのおばさんが、私の手のひらにお釣りを置きながら、両手で私の手を包み込むようにしたと思ったら、ぎゅっ、と、私の手を握りしめた。まるで、幼い子供に初めてのお使いを頼むような仕草。一瞬ぎょっとしたけれど、なんだかとっても気持ちが良かった。温かかった。ぜんぜん面識のないおばさんだけど、ただの、店員と客の関係だけど、たったいちどの触れ合いにも、ありったけの愛情を相手に送ろうとしてくれる、そういうふうに自分も周囲の人に接することができたら、と思った。
 愛情は見返りを期待するものじゃない。だけど、自分が誰かに愛情を注げば、それだけ自分のエネルギーやチャクラやオーラ(←信じない人は信じないものだそうですが)が活性化されるし、愛で満たされる。自分が気持ちよくなると同時に、受け取った人も、周りの人も、みんな温かさで心が満たされていく。たとえ見ず知らずの人でも、相手から微笑まれて嫌な気持ちになることは少ないと思う。こっちまで優しい気持ちになる、きっと。
 そういうことを、瞬時に思い出させてくれたスーパーのレジのおばさんに感謝なのです。


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