あたろーの日記
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2005年09月12日(月) 追悼と平和への願いと。

旧暦8月9日。
 昨日の選挙結果には驚いた。日本はおかしな方向に走り始めているのではないかと危惧するのは、考え過ぎか?過去の歴史を直視しようとせず、大国の言いなりになり、アジア近隣諸国との関係を悪化させ、増税と経済破綻への道を国民は選んだことになる。国会では議論がないがしろにされ、言いたいことを言える国会議員は確実に減るだろう。詭弁だらけの小泉政権が国民の大多数の支持を得たのだから、日本の民主主義も墜ちたものだと思う。
 とは言え、昨日の選挙、私もどこへ投票しようかギリギリまで迷った。自民党には最初から入れる気はなかったけれど、他に入れたいところもない。どこも頼りない。最大野党の民主党だって、何が言いたいのかちっとも分からない、ただ自民党のやることに反対するばかりで、自らのビジョンが全く見えてこない。イラク派兵や憲法第9条問題にしても、条件によってはコロコロ変化しそうなほど軸足が危うい。これでは昨日自民党に惨敗したのも当然とは思う。
 結局私は自民党の対抗馬として少しは役に立ちそうな民主党に入れたけど、民主党よりは自民党のほうがまし、と、自民に入れた無党派層の人達の気持ちも分かるような気がする。。だけど、思想的にも政治手法も強引な小泉政権が国民の信任を得てしまったのは、とても恐ろしいことのように思えると言ったら大袈裟でしょうか?

話はかわりますが、昨日は、WORLD PEACE NOW他主催の、9.11 BE-IN+WORLD PEACE NOWパレード に行ってきました。2003年にイラク戦争が始まった頃にピースパレードで知り合った友人と久しぶりに合流、明治公園に行くとカレー(最初に目、じゃなくて鼻に訴えてくるのはやっぱりカレーだなあ)やケバブの食べ物屋台や、民族楽器、ピースTシャツ、ヘンプ雑貨、キャンドルなどの雑貨ブース、フリーマーケット、環境保護団体などNGOの情報ブースなどが着々と準備を進めていて、お祭りの前のわくわくする静かな高揚感が広場に漂っていた。
 平和のお祭りって、大好きです。愛とか、いのちとか、環境保護とか、芸術とか、音楽とか、詩とか、美しいものとか楽しいこととか面白いこととか、世の中の多様性をみんなで持ち寄って大切にし合って、お互いの存在とそこにいない人達の存在と、失われた命へのオマージュを込めて、少しでも多くの人に気持ちが伝わるようにアクションを起こす、というのは、とても良い方法だと思う。戦争やテロや争いや、人が人を殺すことがこの世の中から消えてなくなりますようにと、それと正反対のプラスのエネルギーを世界に発散させる、というのが平和のお祭りの意義のひとつかと思います。イラクでは今も多くの命が失われているし、世界中で沢山の人達が死に直面している。(統制の敷かれた)メディアが決して伝えることのない隠された悲劇や惨劇の数々。この地球上で最も攻撃的、好戦的、残虐な生き物は人間だと思います。しかし、この地球上で最も愛や思いやりや感受性に溢れた生き物も人間であると思いたいです。
 ほんとはパレードが終わって少ししたら自宅に戻って投票に行こうと思っていたのですが、夜遅くまでイベントが続くのでそれまでいたくなって、途中会場を抜けて電車に乗って投票所へ。そうこうしているうちに空が暗くなって雨が。慌てて自宅まで行き、傘と雨具を持って再び会場へ。パレードは雷雨の為30分遅れの15:30開始。が、止んだと思った雨が再び降り出し、土砂降りに(T_T)。明治公園→原宿→青山通り→明治公園という約1時間コースだったのですが、すっかりびしょぬれ(ヤッケも傘もあんまり役に立たず)。スニーカーはぶちゃぶちゃ。靴下はぶにゅぶにゅ。歩くたびにじゅ、と水が。。。ジーンズは冷たく水を含み足に張り付く。腰が冷える(T_T;)、おまけにプラカードはたっぷり水に濡れて、崩壊寸前。だけどそういう経験もまた楽し。気の毒なのは沿道整理の警察官の人達である。親切に声を掛けてくれる人もいたけど、明らかに憮然としている人もいました(^^;)
 こういうパレードを毛嫌いする人も多いし、やってなんの意味があるの?と思っている人も多いということは承知してます。平和なんて幻想にすぎないじゃん、と言われることも。どのように感じようと、それは人ぞれぞれ、異論のあるのも仕方のないことだと思います。けれども、そうしたい、と思う人が行動すれば、そこに必ず何かが生まれるものだと思います。目に見えないものでも、最初は成果がはっきりしないものでも、1センチか10センチ位は、行動するに従って前に進むものだと思います。世界中で、平和を願う多くの色んなイベントが今までなにも生み出してこなかったとしたら、世の中は今よりもっともっと暗く殺伐としたものになっていた・・・のではないか、という気もします。。

 パレードを終えて明治公園に再び戻ると、夕方から夜にかけてアフリカンなライブや郵政民営化、イラク派兵などについての硬派なトークライブ。その後はペットボトルを半分に切って中に砂を敷き、大きめのろうそくをセットして火を灯したものを平和のシンボルマークの形に並べて行き、911テロの犠牲となった人々、戦争の犠牲となった人々への追悼。そして暴力の連鎖がなくなり、平和な世界が実現しますように、と、キャンドルの炎に祈りを込めました。
 911テロからもう4年も経ったのですね。あまりにも多くの惨劇があれから沢山起こって、暴力が当たり前の世界になってしまった。でも、人間の心はもっと違う方向に世界を変えていく力があると信じたいです。キャンドルの炎をしばらく眺めていた。そんな風に考えていました。




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