あたろーの日記
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| 2005年03月12日(土) |
ラジオは時代遅れだから好きだ。 |
旧暦2月3日。 今、「きゅうれき」と入力して変換したつもりが、「句遊歴」となってしまった。俳句でもやろっかな。 今日は小唄のお稽古。普段自宅で三味線の練習をする時は、音漏れを畏れて、指先を糸に軽く当てる程度にしてつま弾いているので、お稽古場となっている知人のマンションの一室で、思いっきり音を出せるのが嬉しい。自分の指で音楽を奏でるのは、緊張も伴うけれど、快楽でもある。・・・とちらなければ。もう、何度も何度も、楽譜を見なくても弾けるようになるまで、指が覚えてしまうまで繰り返し練習するべき、なんですが。うーん。まだまだだ。 最近、朝晩のニュースに必ず出てくるライブドアの堀江社長。特定の個人に対する好き嫌いを日記に書かないようにしようとは思っているのですが、どうも、このホリエモンが嫌いだ。ホリエモンの顔が画面に出ると嫌悪感を感じてしまう。言っちゃ悪いけど、腹の内が顔に表れているようで、喋ってるのを聞いても、どうしてこの人が今日本でもてはやされてるのか理解できない。別にニッポン放送やフジテレビの肩持つわけじゃないけど。経済に疎い私の戯言と思って頂いて結構なのですが、誰かが苦労して作り上げた既存のものをお金の力で強引に奪って自分の価値観に当てはめて行こうとしているだけなのに、あたかもクリエイティブで進歩的であるかのごとくアピールしているだけじゃないかと思ってしまう。 この先何十年先も、ラジオはなくならないで欲しいです。 ネットはネット。ラジオはラジオだよね。ネットとラジオの連携はいいけど(そういうのはもうすでにやってるところもあるけど)、あくまでラジオはラジオとして、独立した価値あるメディアとして尊重したい。 ラジオのスピーカーに耳をくっつけて、チューナーをそっと回して、目指す周波数まできたとき、広大な空間を超えてようやく掴むことが出来た音楽や人の声を聴く喜び。ラジオってなんだかロマンがあるような気がするんですが。 私はラジオが大好きだ。でもそれは、インターネットとはまったく別の次元での、ラジオの存在価値を認めているからです。私はニッポン放送はほとんど聴かないけど、ニッポン放送が好きなリスナーにしたら、今回の件はすごく迷惑じゃないかなあ、と思う。自分がずっと聴いてきたラジオ局がいきなり様変わりしてしまったら悲しいもん。。。ラジオを定期的に聴いている人って、割とマイペースな感じがする。私がそうだし。毎日毎晩、同じ周波数に合わせて、1人静かに耳を傾けたり、あるいは寝しなに、あるいは家事をしたりしながら聴く。別に、目新しいことは必要ないのです。毎日おなじみの番組があれば。ラジオに求めるのは、そういうマンネリ化したリズム。悪い意味ではなくて、良い意味で、時代遅れで落ち着くリズムだと思う。 だから、堀江社長のやろうとしていることに対して、強い反感を持ってしまう。この人解ってないんだよなあって。 時代遅れのあたろーのつぶやきであります。
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