あたろーの日記
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旧暦9月3日。 小唄のお稽古に行く。いつも自宅で練習する時(と言ってもさぼりっぱなし)は、部屋の窓を閉めて、指の先で軽くつま弾いて音が大きくならないように三味線を弾いているので、周囲に音が漏れる心配のない場所で弾けるのは貴重なのです。 お稽古の合間の雑談で、着物の話に。 私は着物を自分で着ることが出来ません。たまに小唄の関係で着せて貰うことがあっても、もうなされるがまま、棒立ちお任せ状態。着物だって借り物です。しかも、滅多に着ないから、トイレも食事も座るのも一仕事。お師匠さんはじめ姉弟子さん達は自分で着ることが出来る上、粋な着物を何枚も持っていて、素敵だなあ、私もあんな風に着こなせたらなあ、なんて、いつも思って入るんですけど。。。 着物って、何代も受け継いでいくことができるんですよね。お師匠さん達を見ていると、「これは祖母の形見」「母の形見」「可愛がってくれた叔母さんの形見」とか言いながら、1枚1枚に、自分に繋がる大切な人達の思い出が込められているみたい。洋服だって大切に着れば、何代にも渡って引き継いでいくことは可能なんだろうけど、なかなかそうはいかない。流行というものも邪魔をするし。 私の実家にも、祖母が持っていた着物が少しあるらしくて、冠婚葬祭くらいにしか着物を着ない母なので、いつか私か妹がその着物を貰うことになるんだと思うけど、はてさて、そうすると、その着物達、もっともっと出番が少なくなります。 着物、もっと着てみたいな。今日見せて貰った着物の雑誌に、バティックなどアジアの布と日本の着物を組み合わせて着こなすなんてページもあった。合わせる帯で生きたり死んだりする着物の柄。はっとするほど引き締まって美しい日本の粋。せっかく日本に生まれたのに、日本人が着るようになってたかだか100年ちょっとしか経っていない洋服に身体を潜らせたまま、着物を知らずに生きるのは、なんと勿体ない話ではないか。 でも、着物を自分で着るとなると、着付教室とか行かなきゃならないのでは?と思っていたら、みんな、そんな教室なんかには通ったことはないそう。見よう見まねでやっているうちに、なんとか着れるようになったとのこと。お師匠さんも言う。そもそも、昔の人達は着付け教室なんかには行かないで、普通に毎日着ていたんだから、軽い気持ちで着てみればいいのよ、と。あれこれ失敗しながら、自然に楽しく覚えていけばいいらしいです。周りに着物好きな人達がいるなんてありがたい話。これを機に、着物にもっと親しもうと思います。
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