あたろーの日記
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2004年07月09日(金) タイヤの空気抜かんでけろ。

 旧暦5月22日。
 昨日は結局雨も雷も来ませんでした、東京。すんません。
 今夜はちょっと暑さが和らいで。。。なんつうことはありゃせん。あぢィ。
 仕事帰りに、神保町の三省堂書店に寄った。書店の裏側に自転車を駐輪して、本屋の中に入って、珍しく15分くらいですぐ出てきたんですよ。で、自転車に乗ろうとしたら、後輪タイヤの空気が完全に無くなってました。抜かれちゃったんですね、たった15分の間に。近くで休んでいたお兄ちゃんにそれとなく尋ねてみたら、あのあたりでよく、自転車の空気抜いてるおじさんがいるらしい。疑っちゃ悪いけど、確かに、駐輪するとき、挙動不審のおじさんがいたわけですよ、そこに。なんとなく、そのおじさんかいな、と、想像しつつ、当のおじさんももういないし、いたとしても問いただしてどうなるわけでもなし、しようがないから、ペシャンコになったタイヤのまま自転車引っ張って、近くのスポーツサイクル屋さんに行って、空気を入れてもらいました。あの界隈はスポーツショップが多くて、まだ閉店時間ぎりぎりだったから助かりました。費用もかからなかったし。だから、なのかもしれないけど、特にその、空気抜いた相手に対して、怒りの気持ちは起こらなかったです、不思議なほど。・・・それよりも、別に教条的なつもりで言うんじゃないですけど、見ず知らずの他人の自転車の空気抜くことでしか、自分の気持ちをコントロールできない、もやもやのやり場がそういう行為にしかないっていう人がいることが、なんだか気の毒になってしまって。。気の毒、というのもあるし、とても意地悪な見方だけど、そんな行為でしか気持ちが満たされない人に対する密かな優越感というのもある、それから、自分はまさか自転車の空気抜くなんてこと思いつかないけれども、だけど、そんなことした人と、自分もどこか共通する心の闇を抱えているような気がして、世の中に、そういう仲間がいるという奇妙な安心感みたいなものもあったりして。いや、例えば周りに自転車屋さんがないような場所でそうされたら、きっと怒り狂ってたんでしょうけど、たまたま神保町で、困るようなことはなかったので、別方面でいろいろ考えながらその後帰ってきたわけです。よく考えると、やりきれない。他人の自転車の空気抜いて、人が困るのをどこからか陰でそっと覗って密かに満足している、それしか喜びがない人の心の闇。自分もその人の気持ち、分からないわけではないから、なおのこと、やるせない。
 
 
 近所の猫。私と一番仲の良い猫です。と言っても、当の猫にとっては、毎日通りかかる人間達の中の1人にすぎないようで。このところ夜が暑いせいか、バンの屋根にごろんとなってることが多いです。あ、寝てらぁって思って、近づいて携帯で撮影すると、あー分かったよ、ってな感じでむっくり起きあがって、身体を道路側に向けて撮影しやすいようにポーズ作ってくれた。ので、調子に乗ってチロリロリーンと写してたら、「もういい加減にしにゃいか、おめーは毎日しつこいんだからにゃまったく」とでも言うように、再びごろんとなってしまった。暑さに猫もやる気がなくなっているようで。
 そのくせ、猫同士の喧嘩声は毎日聞こえるので、あやつ、相手のレベルによって気力の使い分けしてるようです。


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