あたろーの日記
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旧暦5月1日。 昨日はちょっとどぎつい題をつけちゃいましたな。だけどほんとのことだからそのままにしとこう。
大学の授業で、「うつ病」がテーマとなり、実際にうつ病を経験して克服した方が特別講師としてお話くださった。 ほとんどが20代になったばかりの学生さん達の中で、その講義を最もリアルなものとして受け止めたのはおそらく私だったろうと思う。 お話の内容、なにもかもが、他人ごとではなく、自分自身が今抱えている問題として、切実に迫ってきて、正直、聞いていて辛い部分もあった。けれど、辛さを感じながらも同じような経験をした方の話をじかに聞くことで、救われた部分もあった。
子供の頃から気持ちの浮き沈みが激しく、いつも1人で考え込んでいるようなタイプだったので、自分の精神パターンにはもう馴れっこになっていたのだけれど、30代になるかならないかの頃から、どうやらそれが悪化していたようで。強迫神経症(たとえば戸締まりが異様に気になるとか)も子供の頃からあったけれど、大人になったらもっとひどくなった。あまりにもプライベートなことなのでここには書けないのですが、20代半ばから今まで、自分1人では処理しきれない事柄を自分の中に全部抱え込んで、心のバケツをいっぱいにしすぎていたような感じ。苦労や経験は自分だけじゃなくて誰しもあることなんだろうけど、人よりちょっとしんどい思いもしていたような気が。。。だけど、なんでかな、長女だというのも大きいかもしれないけれど、もともと誰かに悩みをうーんと打ち明けるってことが出来ない性格で、自分の頭で全部処理してしまおうとする、で、結局もんもんとしていて。。。逃げ道がないんですね、どこにも行きようがなくなる、で、閉塞状況の中で、心のあちこちがポロポロッと、崩れ始める。崩れ始めると、中の核が外部に晒された感じになって、ちょっとした事件、誰かのちょっとしたひと言、または自分の犯した間違いに非常に敏感になり、ひどく傷つきやすくなる。そうして傷ついた心を抱えてまた独りで深く沈み込む。自分の中に閉じこもり、修復する。けれど、ストレスが多ければ多いほど、傷の修復にも時間がかかるようになり、そのまま沈んだ状態が長ければ長いほど、浮き上がる方法を忘れちゃったりするもんなのですね。。。で、そんな時、死んじゃおうかなと、思う。死んじゃったほうがラクじゃん、と。逃げ道がない、棘のついた枝をかき分けて進むか、それが嫌なら死ぬしかない、じゃ、楽なほう、死ぬほうを選ぼう。。。と。自分が生きていたって、自分にいいことがあるわけでもなし、まして他人の役に立つわけでもなし、とまで思ってしまう。私もやはり自殺を身近に考えたことがあるので実感としてあるのですが、本当に死にたいと思ったら、周囲に自殺をほのめかすようなことはしないものなのですね。自殺を阻止されたら困るわけで。だから本気で死にたいと思ったら、「死にたい」なんて誰にも言わない。直前までにこにこしている。だけど、今、自分がそこから離れつつあるから言えるのだけど、たぶん、世の中の自殺はもっともっと救えるはず。死しか逃げ道がない、という状況に追い込まれた人に、棘の道でもなく、死でもない、もっと楽な気を抜いて歩ける道があるということを気づかせてあげる、そういう取り組みが、社会にもっとあってもよいのではないかと思います。 話がちょっとずつずれてしまいましたが。 うつ病による自殺者は、今、交通事故による死亡者の数倍だそうです。自殺しないまでもうつ病の人は多いわけです。だけど、事故で怪我しましたとは抵抗なく言えるけど、私うつ病ですとは気軽に言えない。私も含めて、心療内科等に行くのはちょっと勇気がいる。がんじがらめの世の中で、どうしようもなくにっちもさっちも行かなくなってズドーンと沈み込んでいても、回復のしようがないわけです。また話ずれますが、最近ふと思うのは、今は日本という国全体が、うつ状態なんじゃないかなあということです。特に都会が。表向き明るくて常に変化し動いているように見えるけど、実は沈む一方で、複雑に入り乱れたマイナスの空気がアスファルトにどんどん染み込んでいくような感じ、といえば上手く伝わるでしょうか。そしてその都会に息を潜める私なんかも、閉塞感を自分の周囲と自分の中に感じて、時々息苦しくなったりしたりして。 うまく話をまとめられないのですが、今夜はこの辺で失礼します。。
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