あたろーの日記
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| 2003年11月25日(火) |
戦争への道。考えすぎではなくて。 |
衆院予算委員会での自衛隊イラク派遣をめぐる質疑応答(銭湯で見てたのよ)。相変わらず小泉首相って人を喰ったような答えで肝心なことをはぐらかしているなあと思った。。 いまや、今年初めのイラク攻撃が帝国主義的なアメリカの暴走だったということは、世界中の良識ある人々の間では周知の事実なのでは?日本国内でもそう考えている人は相当いるはず。与党だけが気づいていない。気づいていても、そこに蓋をして直視しようとしない。どこまでもアメリカと心中する意思を見せることで、日本の立場をこれまでどおり守り通せると思っているのだろうか。 「テロに屈しない」「テロを放置しておくわけには行かない」と言うが、そもそもテロを生み出したのはアメリカだ。なにも今始まったわけではない。現在の混乱する中東情勢にはアメリカが表で裏で、ことごとく関与している。テロリストを次々と生み出す温床は、アメリカが自分達の利権を求めて深く関わっている土地にある。 日本の自衛隊がひとたび海外へ出れば、それはもう軍隊でしかない。自衛隊ではない。たとえ物資の輸送や後方支援であっても、海を渡ればもう自衛隊ではないのに。 国民保護法。ニュースで初めて耳にした時、「国家総動員法」の現代版かと思った。今は国民に向けて語られていることは曖昧な内容ばかりに思えるけれど、この国民保護法を拠り所にして、この先有事の際、どのような規制が追加されていくのだろう。。。国民を守る、国民のための、と言うけれど、政府の命令に従わなければ罰則が科せられるなど、強制力がかなり強いような気がする。この保護法がいずれ対象とするであろう「テロ」の定義も実は曖昧なんじゃないか。テロリズムの範囲はいかようにも広げられる。今はアル・カイーダの爆弾テロなどをすぐに想像してしまうけれど、それとは異なる形の「テロ」だって起こりえるだろうし、それはアル・カイーダとは限らない、もっと言ってしまえば、目に見える暴力であるとも限らない。誰が見ても、国民に危害を加える恐ろしいテロだと判断できるようなテロであれば問題ないけれど、そうでない場合、例えば政府だけがそれをテロだと判断するような事態が起こったら? 考えすぎ?でも、この種の法律がいとも簡単に成立してしまうのを、手放しで歓迎するわけにはいかないんじゃないかと思う。 国民の命を守る、テロには屈しない、という大義名分を掲げながら、日本が過去の戦争への道へ逆戻りしているのではないかと思うのは、私だけではないと思う。
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