日記ふう雑感 ひとりごと
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おととい、言い訳のように“理想の母親像”を書いた後、 ある社会学の女性の先生を思い出した。
いきなり、余談になるが その先生が生徒やお仲間と話し込んだ時にでる口ぐせに、 「わからない」という言葉がある。というより、あるのだそうだ。 残念な事に私はその場に居合わせた事はないが、 「わからない」から始まって、話がどんどん煮詰まっていくという。
一度この方の講演を聴いたことがある。 著書などを読むと押しの強い自己主張の人というイメージがあるのだが、 講演の後の、質疑の時間では、質問者の話をじっくりよく聞くし、 丁寧にお互いに納得いくまで答えようとしていたのが印象的だった。 「わからない」という言葉こそ出されなかったが、 一句一語まで汲み取ろうとするその姿勢には隙がない。 「わからない」はわかろうとする真剣な関わりの一歩であるとその時実感した。
もっと余談だが、 「わかった!」と言えば話は明るく収穫を得て終わるが、 「わかった、わかった」と言えば、逆に「話はここまでね」という否定的な気持ちの現れとなる。 「わかった」「わからない」はちょっと複雑なコミュニケーション道具の一つだ。
で、ここで今日の話の冒頭にもどる。 その時のこの先生の講演は、大きく社会制度についてのものであったと記憶しているが、 教育について触れた箇所で、親の関わり方を質問され、こう答えられたのを思い出したのだ。 「親は子供が二十歳になったら、もうきっぱり手を引いてもいいじゃないでしょうか。 20年間楽しませてもらってありがとう、って。」 そう、そう、20年間楽しませてもらって、などと言えたら理想だそうなと思った。
今のところ私の母親実像は、 「一日を何とかこなし、夜はゆっくりと一人でその日にあったスポーツの結果をテレビで見る」から先に進んでいない。
楽しませてくれてありがとうなど言う言葉が向う先は、中田ヒデとか小野、イチローや野茂・・・。 若きサッカー日本代表大久保、坪井や高原。陸上短距離界の星末次、長距離の福士・徳永、水泳の北島も。 それに卓球の愛ちゃん、柔道の田村、テニスの杉山も忘れてはいけない。 野球ではヤクルトの小さな石川とか高井とか、ダイエーの和田、阪神の久保田、巨人の真田も入れておこう ・・・・ ああ、たくさんにいすぎて、すまん、娘達よ、なかなか順番が回っていかない。 理想の姿は遠い。
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