日記ふう雑感 ひとりごと
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2003年06月20日(金) 理想的な母親像

金曜日は家族それぞれがそれぞれの場所で夕飯をとる事が多い。
長女は既に別の生活をいているし、
下の娘も女子大生という事で、なにやらお誘い多いらしい。
いい事だ。友達は多ければ多いほうがいい。ボーイフレンドは更なりである。
昨日今日突然子供たちが大人になったわけではないのだが、
なにやら感慨深い。それぞれがそれぞれの生活を大事にしている。

子育てとは子供を社会的な存在にする作業だと私は思っている。
つまり生れ落ちた瞬間から親がすることは、如何にこの子を手元から離していくかなのだ。
よく、子供なしでは生きていけないとか、子供の世話をする事が唯一の楽しみとか、
自分の思いどおりに子育てをするのが理想などという母親がいるが、
これこそ本末転倒である。
子供を生んだと同時にその子を突き放していかなくてはならない。
いや、子供を生むということはイコール分離なのである。
親業とはパラドキシカルな作業なのだ。
大事に慈しみ世話をやけばやくほど子供は順調に親を忘れ去っていく。
親はそれこそ理想としなくてはならない。

夫が難なく毎日を送り、子供たちがそれぞれの大事な関わりを優先し、
自分ひとりで夕飯時を過ごす。
今日は私にとっては理想的な金曜の夜だ。
ひとり思索に耽り、できたら夜中のコンフェでカップの試合を見たい。


Hiroko |MAILHomePage