再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 渡仏1日目。。。

初の羽田空港国際ターミナルで日本最後の食事は『つるとんたん』のカツカレーうどん。飛行時間、約12時間。←この間にやらなければいけないこと、まとめなければいけない事も沢山。
4:30CDG空港着。
そのまま予約していたスーパーシャトル(名前はすごいが詰まる所乗合タクシーのことですな)で市内へ。
5:30ホテル着。
チェックイン可能は15:00なので荷物だけ預かってもらい、アテンドしてくれる方との待ち合わせ10:30までの時間をもう明るいので外へ。
ホテルが六区なので、徒歩圏内にノートルダム、ルーブルなど。(もちろんまだ何も開いてはいないのだが)
セーヌ川沿いを歩いて、30年ぶりを実感する。
ノートルダム近郊、サン=ジェルマン寺院、奇跡のメダル聖堂界隈とずーっと歩く。
10:30 日本の小劇場で制作をしていて、今は結婚してこちらに在住のD・Yさんに案内してもらい、ユダヤ人街を歩き、ピカソ美術館
途中移動して今回コーディネーターのF・Sさん、に引き継ぎ、元レジスタンスのユダヤの方イヴァンさん(偽名)に取材。91歳。熱く、元気、そして、戦時のことを昨日ようだと仰るその様、反ユダヤ主義がある限り、ユダヤであると言い続ける、と。95年に当時のシラク大統領がユダヤ人迫害のナチスにフランス自体も加担していた事を認めた事について、興味深いご意見。縁の話と、ヒロシマの話まで。2時間余り。
その後、モンマルトルの生地屋さんが集まっている区画を目指し、途中坂をずーっと上がってサン・クレール寺院まで。眼下にパリの広がる贅沢よ。
この辺りは、そこここにゴミも散らかって雰囲気はとても雑多。←肌に合う。
もう閉まっていたけれど、生地屋さんの辺りも歩き、丘を降り、
20:30からのプルックのお膝元の小屋で、ピアノコンサート。の前に、ラマダン中夜を見越しての屋台でアラブ家庭料理を買って、人が屯する階段で食べる(一人ならやらないな)、もちろん食べているのは、私らだけだけど…
(昼はファラフェル(ピタサンドのよなユダヤ人街名物のエスニックファーストフード)とビールを公園で)
コンサートも、グランドピアノ一本なので、劇場機構がよく見える。感慨深い。
こちらは22:30までは、明るい。。。
色んな意味で気をつけてと言われてこちらに来たけれど、こちらは努めて日常が普通に送られている。
帰り、それは労働者のビールです…と言われたビールなど買って。ホテルへ。(ホテルといっても、自炊型)着0:00越え。バスタブあることを、お湯が出ることを確認していてよかったぁ、
地下鉄は乗り継ぐも、まぁ、1日、よく歩いた。。。
都合10時間越え(タクシーなどもってのほか(笑))、そして、ピーカン。
荷物を預けたけれど、取材もするのでモノ多く、明日はもっと軽装にしよう。
明日も10:30から。収容所のあったドランシーと近くのショア記念館、戦時中、革製品アトリエで働いていたユダヤの方と面会。
その前に、早朝ルーヴル方面は歩いてみよう。
しかし、約30年振りのパリ、面白いくらい、色々思い出す。

2017年06月14日(水)



 久しぶりに書き込む。

密かに磨いてきた、
岸田國士と、四つに組んでやるのは初めてながら。
ある決まりの中で、相手を変える、森本薫。
成る程、これは面白い。
かつては、これほどの奥行きにはちっとも気づけなかったなぁ。
など思いながら、お陰様の好評まま、幕を下ろし、
みちるが代わって初めての『オールライト』体育館公演。
またこの間に、予期せぬ事態は起きるわけだけれど(もう何があったかは言わない)、
だから、それが、どうした?
で、ある。チームが動揺より先に、次を想定して動いていく、夫々が夫々の動きをしながら。これぞチームプレイなのである(ケガがいっぱいあった功名)。
ワンワンと響いてしまう体育館なれど、
全体キチンと集中して観てくれる。
芝居自体の目指す方向にこの旅は迷いがないので、その辺の不安もない、より良い出会いを重ねて、作品が成長をしていくのみだ。
合間は、明日から飛ぶパリのコーディネーターさんとメールのやり取りを重ねながら、
如何にこの準備不足の中で当地に着いてから、無駄なく有効に、そして最大限の経験を得られるか…
しかし、Kさん紹介の方が何しろ有能(ってまだお会いしていないのだが)で、こちらが、かなりの時間をかけて何も進展させられなかったコトを、
あっという間に運んでくれる。
やっぱりね、餅は餅屋ですね、と、財布を広げることにはなるのだけれど…
パッキングが捗々しく進んでいないけれど、
明日はダスの中間発表の稽古をしたら、
鍼を打って、出立。
…インタビューすることもまたまとめなくては。
兎に角時間が欲しいとゆう贅沢。


2017年06月12日(月)
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