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■ 『郡上の立百姓』取り組むにあたっての文
「人はどのように生き、死んでいくのか」 美濃の国郡上で領主の重税取り立てに反対し、組織的にたたかい、幕府を震撼させた農民一揆(宝暦騒動)を材にこばやしひろし氏と劇団はぐるまが創りあげた大作『郡上の立百姓』(1964)から現在を照射する。 総勢40人越えの登場人物たち、唄に踊り…また凄い作品がやってきた。 その幕切間近、中心人物の一人は言う。
定次郎「俺がお仕置きんなりゃ田畑一切はお取上げやぞ! 残るんはお母アと、かよと、きよだけなんや。何も残らん。何も残らんのや。(中略)俺は女房持ちや。子供もある。そんなかで命捨ててかかったから、みんな固まってくれたんやぞ。俺が独り者やってみよ、身軽やったら何でもやれる。そんでおしまいや。」
幕府・諸藩と、百姓一揆の激しいせめぎ合いは、苛政に苦しむ村人たちの困難を背負い幕府や藩に訴えた定次郎のような「義民」を生み、彼らの多くは苛政を取り除くという目的は達したが、直訴の罪によって処刑された。 これを過去のある一地点の一時の出来事と見ることは容易い。だがしかし、今まさに立っている地点の現在の瞬間でないと誰が言えるだろう。 「義民」を礼賛したいのではない。そうならざるをえなかった、その過程と葛藤に焦点をあてること、そこに活路を見出したい。 彼らが本当に勝ちとったものとは果たして何だったのか―
師(*)の最期の作品へのコトバ「人はどのように生き、死んでいくのか」 このコトバと向き合いながら、青年劇場の集団力と創造力をもってこの大作に挑もうと思う。
*高瀬久男氏(文学座)
藤井ごう
2016年09月29日(木)
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