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■ 対処すること。
青年劇場『郡上の立百姓』 連日の午前中から夜まで稽古が続いている。 今日も今日とて、俗に0場と言っているシーンから積み上げていく。 なかなか予定通りにことは運ばない。 夕方休憩をいれ、 その合間に唄の録音、 ソリスト決めたら、しばしこちらは休憩…(普段は中に入ったら、ほぼずっといっぱなしになる) 稽古場外へ。
稽古場外の壁にスケジュールやら、 連絡表やら、申し送りやら、 色々貼り出してあり、見るたび、 あー、もう本番まで〇〇日しかない…など悲観的になったり、現実を突きつけられたりする訳だが、 そこで目に入ってきたのは、
『明日は衣裳合わせの為、
男性は「ししゃも」一本。 女性は「ししゃも」二本。
ご用意ください。』
とゆう文言。 「ししゃも」? なぜ「ししゃも」? いや、なにゆえ「ししゃも」? そもそも衣裳合わせに、なぜししゃもがいるのだ。 それは偽物のししゃもでもいいのか、 ホンモノの高い奴でなくてはいけないのか、 確かに江戸の百姓の時代考証はなかなかに難儀なわけだが、 彼奴らは、帯に男は一匹の、女は二匹の、「ししゃも」を下げ、干物にし、 オシャレにぶら下げ、 究極飢えたらそいつを食む。 とでもゆうのか? 子持ち限定なのか? なにしろ、衣裳合わせの為の「ししゃも」である。 衣裳さんが、オリジナルコンセプトをいつの間にか構築していて、 百姓は「ししゃも」みたいなものであった、 とゆう解釈が新しく稽古場外で発見され、いつのまにか僕以外のところで浸透し、明日お目見えする、とでもいうのか。
唄わない俳優さんが二人そこにいた。 「ししゃも」の話を聞いてみようかと思った。 いや、待て。 サプライズだったらどうするのだ、 例の誰かの誕生日にサプライズ〜とか言いつつ、 周りのいつもと違う動きに確実に気付きつつも、人の想いだから、知らなかった振りをするとゆう、あの苦行、、、 いや、何のためのサプライズなのだ。 ししゃもは生臭いぞ、焼かなくてもいいのか?
人としてこの事態にどう対処するか(稽古でその話を俳優さんによくする)突きつけられている、試されている。慎重に、簡単に、自分の頭で考えない内にヒトを頼ってはダメなのだ。 もう一度見てみる。
『明日は衣裳合わせの為、
男性は「こしひも」一本 女性は「こしひも」二本
ご用意ください。』
突きつけられたのは、 「疲れているんだなぁ」 とゆう確固たる確信と、 間に気を抜くと、もう既にビールの当てを考えている自分のダメさ加減であった。
みなさま、明日はこしひもを忘れずに。
2016年08月27日(土)
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