再生するタワゴトver.5
りばいぶ

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■ 対処すること。

青年劇場『郡上の立百姓』
連日の午前中から夜まで稽古が続いている。
今日も今日とて、俗に0場と言っているシーンから積み上げていく。
なかなか予定通りにことは運ばない。
夕方休憩をいれ、
その合間に唄の録音、
ソリスト決めたら、しばしこちらは休憩…(普段は中に入ったら、ほぼずっといっぱなしになる)
稽古場外へ。

稽古場外の壁にスケジュールやら、
連絡表やら、申し送りやら、
色々貼り出してあり、見るたび、
あー、もう本番まで〇〇日しかない…など悲観的になったり、現実を突きつけられたりする訳だが、
そこで目に入ってきたのは、

『明日は衣裳合わせの為、

男性は「ししゃも」一本。
女性は「ししゃも」二本。

ご用意ください。』

とゆう文言。
「ししゃも」?
なぜ「ししゃも」?
いや、なにゆえ「ししゃも」?
そもそも衣裳合わせに、なぜししゃもがいるのだ。
それは偽物のししゃもでもいいのか、
ホンモノの高い奴でなくてはいけないのか、
確かに江戸の百姓の時代考証はなかなかに難儀なわけだが、
彼奴らは、帯に男は一匹の、女は二匹の、「ししゃも」を下げ、干物にし、
オシャレにぶら下げ、
究極飢えたらそいつを食む。
とでもゆうのか?
子持ち限定なのか?
なにしろ、衣裳合わせの為の「ししゃも」である。
衣裳さんが、オリジナルコンセプトをいつの間にか構築していて、
百姓は「ししゃも」みたいなものであった、
とゆう解釈が新しく稽古場外で発見され、いつのまにか僕以外のところで浸透し、明日お目見えする、とでもいうのか。

唄わない俳優さんが二人そこにいた。
「ししゃも」の話を聞いてみようかと思った。
いや、待て。
サプライズだったらどうするのだ、
例の誰かの誕生日にサプライズ〜とか言いつつ、
周りのいつもと違う動きに確実に気付きつつも、人の想いだから、知らなかった振りをするとゆう、あの苦行、、、
いや、何のためのサプライズなのだ。
ししゃもは生臭いぞ、焼かなくてもいいのか?

人としてこの事態にどう対処するか(稽古でその話を俳優さんによくする)突きつけられている、試されている。慎重に、簡単に、自分の頭で考えない内にヒトを頼ってはダメなのだ。
もう一度見てみる。

『明日は衣裳合わせの為、

男性は「こしひも」一本
女性は「こしひも」二本

ご用意ください。』

突きつけられたのは、
「疲れているんだなぁ」
とゆう確固たる確信と、
間に気を抜くと、もう既にビールの当てを考えている自分のダメさ加減であった。

みなさま、明日はこしひもを忘れずに。




2016年08月27日(土)

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■ あとひと月のもがき方。

さて、気がつくと駆け足のようでいながらの
「郡上の立百姓」稽古、2クールを終える。
企画構成人数の事も鑑みながら、
どうしても拘りたいところも今のところ、大事にはしているけれど、通過せざるをえないところも多くある。
でも、今日置いた言葉が、いつ花開くのかとゆうことで、そこで行き詰まりにはならないように頭を切り替える。
この頃は、こちらの顔色を伺う人が多くなるのだが、それは逆、現在稽古場で行われている現象に、その渦中に立って、どう処するのか、
ここにかかっていると思うのだが…
もっと大らかに開いて、現状とどう向き合うか。

そして、そのように己の心を受け入れられるようにコントロールする能力。
これをきっと、アップの必要、とゆうのだと思う。
まだまだだが、稽古場は明るく、厳しく。
まだ、守る姿勢なんていらない。
てゆうか、最後まで攻めていかないとね。
命をかけて闘った百姓たちに見習うのならば。

2016年08月20日(土)
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