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■ さて7月。
6月から大学も始まりつつ、 例年のダスの中間発表も、いつもとはまた違う作品であと4週間。 合間で『オールライト』の旅先に顔を出したりしながら、 今月は青年劇場さんのオオモノ『郡上の立百姓』の稽古も始まる。 (本番は9月)総勢40名以上。 タイヘンな夏になる… けど、今までが極々少数、または一人闘いだったので、 共有、共感できる機会が増えていくことは、意外に愉しいことなのである。 タイヘンだからこそ、面白がってつくらないとね。 つい先日、上演台本初稿をあげ、 それについてまとめ、ここから方言指導、各スタッフさんも始動。 時間はあるよで、ない。
そんな作品に向けて1月に書いた文章、(仮チラシなどに載せていた文)以下。
「人はどのように生き、死んでいくのか」 美濃の国郡上で領主の重税取り立てに反対し、組織的にたたかい、幕府を震撼させた農民一揆(宝暦騒動)を材にこばやしひろし氏と劇団はぐるまが創りあげた大作『郡上の立百姓』(1964)から現在を照射する。 総勢40人越えの登場人物たち、唄に踊り…また凄い作品がやってきた。 その幕切間近、中心人物の一人は言う。
定次郎「俺がお仕置きんなりゃ田畑一切はお取上げやぞ! 残るんはお母アと、かよと、きよだけなんや。何も残らん。何も残らんのや。(中略)俺は女房持ちや。子供もある。そんなかで命捨ててかかったから、みんな固まってくれたんやぞ。俺が独り者やってみよ、身軽やったら何でもやれる。そんでおしまいや。」
幕府・諸藩と、百姓一揆の激しいせめぎ合いは、苛政に苦しむ村人たちの困難を背負い幕府や藩に訴えた定次郎のような「義民」を生み、彼らの多くは苛政を取り除くという目的は達したが、直訴の罪によって処刑された。 これを過去のある一地点の一時の出来事と見ることは容易い。だがしかし、今まさに立っている地点の現在の瞬間でないと誰が言えるだろう。 「義民」を礼賛したいのではない。そうならざるをえなかった、その過程と葛藤に焦点をあてること、そこに活路を見出したい。 彼らが本当に勝ちとったものとは果たして何だったのか―
師の最期の作品へのコトバ「人はどのように生き、死んでいくのか」 このコトバと向き合いながら、青年劇場の集団力と創造力をもってこの大作に挑もうと思う。 藤井ごう
…半年前のことだけど、この後、色んなもの、色んなこと、色んな人に出会ってしまった。土地にも空気にも触れた。もう、他人事とも違うのである。 アツイ夏…。
2016年07月01日(金)
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