再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 粛々と。

すさまじい現場である。
この二ヶ月ほど、色んなアプローチで積み上げてきた。
素晴らしい時もある、でも永続しない。
が、こちらは作品は立ち上げなければならぬ。
ナマの感覚を大切に。だからこその準備の大切さ。
しかし、役の肚について、研究する気も、
開花させる気もない人がいた場合、
作り手として一緒にするのはムリがある。
あり得る可能性についてこちらは先手は打ち続けるけれど、
やはり舞台は俳優のものであって、
演出家は魅せ方と、その作品についての責任を背負うしかないのだ。
グングン変わってきている全体の有り様を信じ、でもって、未だ変われていない人の可能性を消さない。それだけ。
投げることはいつでもできる。

まぁ、もう二度とはやらないけどね。

しかし、こうゆうシステムの中で、圧倒的に生き始める人の様を信じよう。
モノづくりについて考える日々、特にストレートプレイは入り口から出口に向かっての決め事を乗せるのではなく、
行動線をそれぞれ持った生きる者たちのぶつかり合いがそれを生んでいくものだ。
先に書いた松濤の時の挨拶文のままだと思いいたり、
これ、一応プロの現場な筈、と笑う。
さ、明日も粛々と面白いものを。

2015年09月29日(火)



 松濤、当日パンフ掲載文。。。

演出の戯言

芝居づくりって、
こうでなくてはならない、と、頭ごなしに限定的に決まっていくのものではなく、
ましてや、こう喋っとけばいい、なんてことでもない。(そこに動かしたい相手がいて、さらに相手もこちらを動かそうとし、その場に生きているのだから)
なぜこうなのか、想像し、検証し、疑い、失敗を繰り返しながら創造していく作業であるのだ。
結果をつくるのではなく、過程を大事に豊かにしていくこと。自分を磨くこと。道は楽しく……険しい。
でも広がる可能性に対して、自分を閉じないことだ。悔しい思いをした時こそ、チャンス。

新たなハードルを前に自家発電を求められ続ける日々、上手くいかないとそりゃあ悩むよ人間だから。でも、そのスランプみたいなものと向き合う時間の中から掴める事って実はとても多いのだからー

本日はご来場ありがとうございます。
狭い所で恐縮ですが、最後までごゆっくりご覧ください。何かみなさまの心の琴線に触れる瞬間があることを願って。

藤井ごう(1人二役以上、通りすがりなし。これが今回私に科したハードル)


2015年09月14日(月)
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