再生するタワゴトver.5
りばいぶ

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■ ほんの一週間。

いつか、
師の死の大きさを実感するしかなかったり、
その、代講でやることの、復活しなかった貴方とゆう存在の与える意味も。
色んなものが無味無臭で、
自分の気持ちとの折り合いづけになってしまうお別れの日も。
お別れの言葉なんて言いたくなかったけれど、
言葉を心から捻り出す時間を、対面して思いをぶつける機会をもらえたことは、大きい。
箸渡しなんかして、
貴方に恥じないモノづくりを、
自分らしくちゃんとやるしかないのだな、と感じていた。

師の最後の作品へのコトバの引用(抜粋)

人はどのように生き、死んでいくのか。究極行き着くところはそのあたりにある。明治の世、時代は新しく動き出し、産業の発展こそが世界と肩を並べる手段であると、いつしか人の命は軽んじられ始めた。足尾、水俣、福島。数えきれない「棄民」を生み出す装置。果てること無く続く国家の横暴。田中正造という人を柱に、明治という過去と向き合う宮本研さんの作劇は、昭和という時代を超えて今に至る。今、未来はあるかと問われた時、私たちは何と答えるのだろうか。


何故か僕も今、
同じ明治期の終わりを扱っている。
肩肘は張らずに、モノづくりはきびしくも、楽しくー


2015年06月06日(土)

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■ 受け入れざるをえないこと。

師が死ぬ
何を膝付き合わせて教わった訳でもない。
あくまで、その背中、その意識、を見せつけられただけだ。
だからこそ、師と勝手に言う。
その強さと弱さ両方合わせ、
その不器用さも、器用さも、
人前に見せぬ人間味も、
人間臭さも、
生真面目さも、
几帳面さも、
極度な神経質も、
悪口からしか愛情を表せない面倒くささも、
それでいて人一倍の面倒見のよさも、
みーんな死んだ
肉体が死んだんだ、みんな死んだんだ。

僕は何をもらった
演出され、台本をめくる手まで『なんで?』と詰め寄られたこと。
助手をして、必死に現場でやったことを『なんか、最初よりひどくなってない?』とあっけらかんと言われたこと。
でも、最後まで観て言ってと若かりし僕がキレ気味に言うことに、そっかそっか、早合点ごめん、といたずらっ子のよな顔をして見せたり、
師の名前で補佐のボクが地方でモノづくりしている時、いつまで経っても「演出家はいつくんの?」を変えない現地スタッフに遂にキレ、先輩たちを全員舞台前に並ばして説教(恥かしい)とゆうか怒鳴りちらすのを耳にし(実はその日は来ていて楽屋にいてモニターで聴いてた)。そのあと暫く他の現場でも「どう? 怒ってない?」と気を遣わしたこと。
数え切れないものをもらった、
今僕がここにいてモノを造っている真ん中(演出みたいな立場とゆうこと)にいられるのは、貴方がいたからです。
ありがとう、なんて言う気分じゃないけど
なんか終わっちゃったみたいで
悔しいし、
いつまでもこっちが必死こいてやる数十歩先を軽々走っていて欲しかった。
永久に越えられないじゃないか、これじゃ

師の後輩、僕の大先輩美術家神田さんが死んだ日、
二人で、神田のバカヤローと
お前これからじゃないかと、
なんで死ぬんだと、
通夜もとっくに終わった葬儀場に深夜舞い戻り怒鳴りにいきましたね。しこたま酔っ払って。
開くはずもない戸をこじ開けようとしていた貴方が脳裏に浮かびます。
貴方は、それぐらいピュアな心の持ち主で、
だからこそ僕は貴方を大好きで、だから、ちゃんと。
僕も、
ちょっと高瀬さん、なんだよバカヤロー!とお伝えします。
もっとみんな、貴方が創り出す繊細でエッジの効いた作品を世界を観たかったんだよ


…でもやっと休めますね、
あと4本やって休みは実は少し楽しみなんだよ、と
言ってましたね。
少し早くなりすぎましたが、まずは久しぶりの休みを楽しんでください。
お疲れ様でした。
沢山のありがとうを並べます。
どーせたりないので、足りない分はこれからもっと努力して補います。
そのうち一献どこでだかわかりませんが、やりましょう。そういえば、私もタバコを口にしなくなりました、
とりいそぎ今日始まった『太平洋食堂』、
師が観てくれた一昨年よりももっともっと充実させます。

今週末は、貴殿の代講で、

あの大鴉さえも


ミッチリいつも通りやります



2015年06月01日(月)
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