再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 『オールライト』パンフ掲載文。

演出の戯言


空気を読んで波風立てないようにいること。
目立ちすぎないでいること。思いを口に出さないこと。
自己責任とゆう無責任がはびこる時代に、それも一つの在り方だと思う。
「みんな」と同じであること、「みんな」と違わないこと、「みんな」にしがみつくこと。
それを「今の若いやつらは云々」言う大人だってかつて「今の若い奴は」と言われ、理解されず(いや理解はされていたのかもしれないけど)理解されないと、「みんな」ここまでやってきた。
でも、その常識みたいなものを共有する「みんな」って実はどこにいるんだろう。

「みんな」本当は「みんなって誰だよ」とか言いながら便利で使ってしまう。
「みんなそう言ってる」「みんな持ってる」「みんな思ってる」

「常識」とゆう普通だと共通していると思われる知識、意見、判断力を頼りに安心したり、不安になったり、鬱々したりする。なにせ相手は巨大な「みんな」ってやつ。スルーされたり、はぶかれたり、村八分にされたり、また集中攻撃で炎上させられたらたまったものじゃない。
でも「常識」ってある社会秩序を維持するためにあるもので、個人を顧みるものではなかったはずだ。
そこに照らして自分を判断する必要って本当の意味であるのだろうか?


「常識で考えればズレているが、自分にとってはどうしても必要なこと」とか
「周囲から見れば非常識に映るかもしれないが、どうしてもしなければいけないこと」って実は多いことを「私たち」は知っている。かつてローマの詩人も言っている。
「私は奇妙な力に引かれている。欲望と理性がおのおの別の方向へ私を引っ張るのだ。私は、何が正しいかを見抜き、認めているにもかかわらず、間違った方向へ引かれていく」


瀬戸山さんの「オールライト」を「マイホーム・ロードムービー」と評して稽古を重ねている。マイホームこれはモチロン、自分の家族とかわが家のこと。ロードムービーは映画でいうところの「主人公が旅を続ける中で変貌し、自分を発見するという筋立て」のこと。
普通なら「マイホーム≠ロードムービー」だ。
でも違う価値観が並ぶって、シンドいことも多いけれど、魅力的だ。
思いを口に出すこと、
違いを受け入れること、
そんなことがとても大切に思える稽古の日々ーーー
新たなモノに出会える予感…
この一見相反する世界観の共存、どうかお楽しみください。


藤井ごう


2015年05月21日(木)



 『裸電球に一番近い夏』パンフ掲載文。

演出の戯言

劇団創立50周年企画として青年劇場が「高校生とつくるってよ」と題して、なんと紀伊國屋サザンシアターの舞台に現役高校生が立つ!
そして戦後70周年とゆうこの年に、現在最も注目をあびている劇作家古川健氏の「裸電球に一番近い夏」はー戦時中、国威発揚を掲げた移動演劇隊を扱う。(高校時代に書かれた!モノをリライト)
さて、こう書くととても意義の先立つ肩肘張った感じになるのだが、
大切なのはこの企画で出会った僕らが、どんな「モノづくり」を提供できるのか。
そして、「演劇って、芝居ってなかなかいいじゃん、すごいじゃん」みたいな事になれるかどうか。面白く!なくちゃね。
芝居との、大人との、そして仲間との心踊る出会いとなっていたら嬉しい。


1月のオーディションからほぼ週末毎に会って真剣に遊ぶ(play!)ようになって、もう5月。いつの間にか高校生(出立時には中学生だった者も)たちの視線は本番を見据え、人を見据え、自分を見据え、時代を見据え、とても頼もしい姿を魅せてきている。
僕らが教えられるコトも多くあり、
そして僕らが出来ることの可能性についても示唆をくれる。
とても大きなモノと向き合った四ヶ月、今日が彼らの檜舞台ー

願わくば、目一杯舞台上で生きる出演者、作家氏、チームの思いが物語が、ご覧になる皆様の心に届きますように。
出演者の兄貴分、演出チームの清原氏の獅子奮迅の働き、特にこの場を借りて感謝。
そしてタイヘンなナンブツだけれども、大切で貴重な機会が続くことを!

藤井ごう


2015年05月20日(水)
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