再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 旭川と、府中の告知。

『島』の北海道演鑑で旭川へ。
正直、そんな場合でもないとは思うのだけど、
約束のモノは届かず、現場も疲弊気味。
そして島班もいないのでは、、、

よきリフレッシュになればいいと思う、
この先は怒涛になるしかないのだから。

わたしも在旭川中は、
一切他の事を考えるもんか!
と、踏ん切る積もりも、着いた瞬間からイロイロOUT(笑)
や⇨まぁ、そんな風には進まないものですね…

公演は会館変わらず2日に渡り2ステージ、
芝居もテクニカルも時間をかけて確認し直す。
客席の舞台への集中力の高さと、カーテンコールの拍手の大きさには、大いに力をもらう。
だからこそ、あくまでも、日々、階段を上がっていく作品であれるように。
私としても、日帰り級のスケジュールは何とか避けられた(出発前日までその可能性があった)ので、北海道の幸を堪能する時間も少し…

戻りは朝一便で、昼からサロンの稽古、夕方から『相貌』、夜は急遽設定の打合せであったとしても、美味いものに勝るもの、なし。

しかし、その『島』東京府中公演、
集客芳しくなくて…1日➕場所があったにせよ…
どうかご来場を!

青年劇場『島』府中公演詳細。

2010年初演の青年劇場『島』が四年の歳月を経て再演、各地を回りました。
嘗ては民藝さんの代表作でしたが、上演時間も圧縮、今に繋がる素敵な舞台だと思います。東京は悲しいかなたったの1日限り、、、
是非、今旅中、イキのいい且つ熟成された『島』ご覧ください。以下ー

1951年、瀬戸内の小島。
広島で被爆し九死に一生を得た栗原学は、
教師の仕事を続けながら将来のことを思い悩む。
朝鮮戦争の軍需景気に支えられている島の生活。
同僚や、東京で働く同級生の言葉。
そして教え子の存在…。
2010年東京公演、そして3・11…。
奪われたいのち、遺されたいのちへの想いをこめて、「普天間」の藤井ごう氏と青年劇場が全国へ!

青年劇場『島』
作=堀田清美
演出=藤井ごう

◎第4回(1958年)岸田國士戯曲賞受賞作品

http://www.seinengekijo.co.jp/s/sima/sima.html
(詳細)
<東京再演>
11月26日(水)18:30
府中の森芸術劇場ふるさとホール → アクセス


一般=5,150円(消費税8%含む)
U30(30才以下)=3,100円(消費税8%含む)
当日 一般=5500円(消費税8%含む)
   U30(30才以下)=3400円(消費税8%含む)
◎全席指定  


キャスト
清原達之、北直樹、吉村 直 、上甲まちこ、藤木久美子、清水美輝(スターダス・21)他

スタッフ
美術=石井強司、照明=和田東史子、音響効果=近藤達史 他




2014年11月19日(水)



 タワゴト。。。

上手いとか下手とか、
上手くやろうとか、
って何だろうと思う。

そりゃ、下手、より、上手、の方がいいような気はするし、下手くそ、より、上手、とゆう評価の方が良いのかもしれないし、心理としてわからんことはないのだが。ことは稽古であり、稽古場だ。
答えはそう単純なものでなく、
上手くやろう、上手に喋ろう、とゆう目的を誤った態度と、それを『人』の造作だと思って憚らない人間への興味のなさ、
確かにただ頭デッカチになって、如何にもこうにも動けない、では意味はない。でも、

すぐに答えを求め、
そうじゃないとわかると、すぐ、
わかんなくなっちゃいました。
って言えてしまう感覚と、

他人の芝居を見て、チェックを聞いて、
自分のことじゃない、とそもそも、その現場でどうゆうルールが敷かれているのか、魅せ方について何を追求されているのか、他の人の演技に興味を示さなかったり、

一ヶ所言われると、そこだけしか意識しない
想像、創造のなさとか、
文字を文字通りの意味の雰囲気だけで読んだり、

結果である状態を
内実わからない段階からつくろうつくろうとしたり、
具体的に、

漠然と、
ともに些細なことで、
どうでもよかろな感じでいれたり、

乱暴に言えば、正解なんてない世界。
生きている世界の常識みたいなものとの違いで全体の見え方なんか大いに変わるし、
人間の在り方だって変わる。
だから時代の違うモノをやるときは、
背景や、それこそその時の常識とゆう装置について調べたり、観たり、想像する。
それでもひとりの頭では足らない、
当事者にはそうなれない、
だからガムシャラに、今日は昨日まで構築してきたものが壊れ去るかもしれないような恐怖とたたかいつつ、
稽古でぶつけ合って、解体して、また積み上げる。
各々の仮説が化学反応して、
その場のホントになれる真説が垣間見れる。
一瞬の光みたいな瞬間だ、
それを見逃さない瞬発力も必要。
上手くやろうなんて思っている暇はない。
そうゆう事をやってみなければ。

まるでタイミングかのように、
学芸会を観る機会があったのだが(私はあの演技指導で演劇嫌いを発症した⇨なのにやってるって…)
上手く見えたい、
はつまりこのレベルのこと、
一生懸命だったね、
もつまりはこのレベルのこと、
少なくともプロならば、
両方とも『あたりまえ』で、
求める目的とするものではないな少なくとも(笑)

そもそもわかった気でいて
一番わからない存在が自分自身だとして、
他人を軽はずみに

わかる

なんてことがある訳がないではないか。

俳優もそう、
もちろん、こう書いている私もそうなければ
そして、やっぱりホンも人間、なんだよね

2014年11月16日(日)
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