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■ 傘がない
父と暮せばを見る。 装置も簡素を通り過ぎて椅子と屏風のみ、 照明も明暗調整が効くくらい、 幕間で音楽はかかるも最低限の裏支え。
井上ひさしによる広島の原爆を扱った作品であった。 8月にこうゆう作品を見ることの意義よ。 いやぁ、軽々しくは言えないが、娘の生き方、父の想い。 演者の熱演。 没入後、なんの言葉も発せず、 もう少しこの感じを噛み締めていたい中、 会場の蛍光灯が点いて日常に戻されたような。。
しかし、私にこんな井上ひさしのような高潔なことができるとは思わないが、 しかし、日々を見つめ直して生きていこうなんて思った。 簡単なことではなかろうが… 自分本位だけで生きるのは今日からは辞めてみようと思う。
演者の父をやった俳優さんが見送りに入り口に出てくれている。 このアットホームな距離感もいいのだな。
あ、外は雨が… チッ、台風の余波で降ったり止んだり、 行きは隙間をぬえたのだが… 何しろ傘は持っていない。 …結構降っているな… …濡れる… …俺は濡れる為に外に出たわけじゃないなないか、そもそもこんなに終演後降るとしっていたら、こんな狭い場所に一時間半近く閉じ込められには来なかったはずだ。 …なんてことだ、さらに雨脚が強まっているじゃないか… …濡れたくない…
出口付近には… 傘立て。 そして、預かり札などはない… ヌヌ… 深緑の蛇の目傘(骨組みの多いやつ)がある。 …いいな。
私のではない。
…濡れたくない。
私のではない。
…いや、私は濡れる為に来たのではないと言っているではないか。 預かり札もないし。まあ、私は持ってきていないわけだが。
拝借。 雨が悪い、荷物札がないのが悪い、台風が悪い。 …自分本位なわけではない!
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その傘は私の一張羅であった、 忘れるのも怖いし、 大事だけに普段使わない(使わないなら余り意味をなさないが) 今日は何しろ台風余波で風が強い。 ビニール傘ではダメだった。 上の物語は架空ながら、昼公演を舞台にしている。 私は夜公演終演後に、件の傘のないことに気づいた。 ビニール傘ではない、 間違いようがない。 そして、間違ったとすれば代わりに残っている筈の傘もない。 嗚呼、傘がない。 これは『父と暮せば』観劇後の話である。
ないよなーなぞ思いつつ、 次の日、間違えましたの連絡なんかこないもんかなと待ちましたが、 そんな人間の信頼に返ってくる思いも、物品もなく、、、 …本当? どうなんだよ〜
2014年08月17日(日)
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