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■ 「十二夜」パンフレット掲載文。
演出の戯言
三十を手前にした女優二人が新しい挑戦を始めるのだという。 三十を手前にした女優二人がどうもシェイクスピアをやるのだという。 三十を手前にした女優二人がどうもそうゆう劇団みたいなものをつくるという。そしてシェイクスピアを続けるのだという。 いつのまにか、その旗揚げに参加することなっていた。 そこに色んなところから人が集まってきた。 シェイクスピア、どんだけ好きなの? シェイクスピア、何が好きなの? シェイクスピアの全部の作品読んでるの? 今まで観たシェイクスピアの素晴らしい観劇体験は? …もっと考えなければ、 to be or not to be… とは言え、船は出帆した。 演出としては、「ただシェイクスピアをやりたい!」ではだめだ。 やはり「なぜやるのか、今」とゆうことを殊更考える。 上質なフィクションは時代を見通す。 だからやり続けられたのではないか? 自問自答の楽しい日々である。 一つ決めたことは、 二人のその思いがあるだけに、こっちから見やすすぎるショートカットした構成、とか、意味を考えない勢い、とか、全体をペースダウンさせるシーンごとカットとかそうゆうものはこの小さい劇場では物凄く魅力的ながら、やめることにした。 四つに、このロマンティックコメディーと組みしてみることにした。 そこから魅せ方を稽古場で追求していくことにした。 「言葉」が一番のようで、やっぱりシェイさん(誰?)でもそこに「人間」がちゃんといることが大切で、偉大なる予定調和を隠す俳優さんの身体とぶつかりあいがそこにあることが物語を推進させ、 そして最後に喋られる「言葉」の大切さが重みを増してくる。 これはある意味での自分探しのようで、繋がりたいけど繋がれない、「不在」の物語である。て難しそうなことを言いながら所詮これは利口なふりした阿呆のタワゴトなんだろうな(笑) 笑いとばしていただければこれ幸い。
狭いところで恐縮ですが、最後までごゆっくりご覧ください。
藤井ごう
2012年04月16日(月)
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