再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 観る。

『サド公爵夫人』観劇。

世田谷パブリックシアターで。
興味はありながら、最後のヒトオシがなくてどうしようかなあと思ってたところに、
たまたまが重なって。
なにしろ、麻実れいを観たい。(なにせ、その存在感たるや…)
そして白石加代子との戦い(?)なんて…

いやあ、お二人の戦い、凄かった(笑)

他も好演なんだけれど、
ある様式的凄まじい存在と、麗な冷たさの奥の青白い炎、、、
ご一緒したKさん曰く
『龍虎のたたかい』
…確かに。
白石さんがある種振り切れてる分(かなり野村演出の方向を決める振りの体現、衣裳もありながら)を、その存在(麻実れい)がいることで補償している感じ。

正当な三島解釈とは違うと思うけど、三時間半楽しく観れた上、
結果『三島文体、本、すげーなー』と改めて感じられたのでよかった。
思わず、実際は…と戯曲を買ってみて、家に帰って、本棚に当該戯曲を発見する…

『ヒューゴの不思議な発明』

映画として上質。
事実を使いながら極めてフィクション、
周りのキャラクターが立っていて、
なにより、あとで気づくベン・キングスレーである。⬅いや疑いようなくそうなんだけど、あくまで私が途中で、あ、そうだったと思っただけで。

モノづくりへの飽くなき探求はそれ自体、私にとっては感動的。
安いと言われようがね。
ロケットボーイズのロケット上げ乱発シーンにも似て、ニヤリ。
そりゃそうだ、誰しも持っている少年の部分を触発されるわけだな。(発明したのはヒューゴではないよな気はするが…)

ここんところ観るもの打率高い…
そしてそうゆう時の一杯とゆうのは格別なわけである。

四月の稽古もここに来てようやく軌道に乗り始め…

2012年03月14日(水)



 あいのり。

あの日から一年がたったようだ。

ちょうど稽古中だったあの瞬間。
今と去年と、自分はどれだけ違うのか、どれだけ同じなのか、
悩めるところだが、

表現とは?なんてイロイロ考えたりぶつかったりしたけど、

僕は演劇人だ。
それで食っている。
だから演劇をやる。
すごくシンプルなことなんだと思う。

その先に、題材は…とか、
客席とどうアダプトするか…とか、
今やる意義…とか、
あるのだと思う。


養成所一年目修了公演「十一人の少年」を観る。
好きな本、きっと演ってる子らにとって「なんじゃあこりゃあ」な部分は多いのだろうが、
一つの作品をみんなで創る、とゆう行為によって育つモノ、
それはただ勉強とか、本を読むとか、映画観る、とかとは比べ物にならない。
そのカーテンコールでの表情、身体など、だれがどうやったって、「稽古をつけて」出来るテイのものではない。

たまたましゃべっていたので思うのだが、
どんなベテランになっても、その時のように立てること(つまりは初心を忘れないこと?)
をホントの才能と呼ぶのかもね。

終演後、演出の原田氏の酒席にあいのり。。。
最近また池袋『土佐っ子ラーメン』づいている私である。






2012年03月11日(日)
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