再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 最後の週末。

欠席者もいる中ながら、
ほぼ実寸をとった空間で、初の!通し稽古。
広い稽古場に移動するまでは、
憲さんに全体を進行してもらいながら、
こちらは稽古の足りていないシーンなど抜き稽古。
まあ、この時期はよーく喋るのもあるのだろうが、
声がかすれるのである。

通しはじっくり、そしてやっぱり失敗も重ねながら、ようやく通る。
皆さん、よ〜くやっているけど。
(転換の機構などは明日から仕込みが行われてからになるけれど、それができるようになれば、確実に芝居のテンポもあがるだろう。)
2時間45分想定で構成したホンだが今日現在で3時間9分。
「流れ」の積み重ね稽古ができていない分、だろうな…
しかし、時間のことに関してはさほど心配してはいない。

今日の通しは、知っている(作品を、チリの歴史を、出ている友人をetc)人にとっては既に、、、
エネルギーと集中力がきれさえしなければ。
でも、そんな事をやりにきたのではないのだ、私たちは。

チェック(ダメ出し)終盤はすっかり上の声が出なくなる。
高校生たちは返して、23時近くまで(笑)

明日から仕込み。
スタッフさんも合流するので心強い。
面白くなる予感は大きくある。

2012年02月05日(日)



 よがらない。


意図しないうちに(笑)二月に入り、足利での稽古も佳境だ
集まりの問題など山積はしているけど、週末ごとの時間を費やせる稽古日にどれだけの体験と、関わる準備をできるのかかかっている。
二月からは、連日の日程、
僕らには当たり前のペースも、参加の全員が「当たり前」としているとは限らない。

…演劇ってなんだろうと考える。
台本がある場合、自分が読み取った「人物」の感情に「忠実」に稽古場にのぞむ。
で、相手役、演出、作家、スタッフらが思うそれぞれの「忠実」に照らしてみて、
そこで意識される「差」を理解し、
その「差」を埋める努力をし、
平面から立体的になって(実際に立ち稽古に入って)、平面では解釈しきれなかった感情、状況、そして、他者との関係を発見し、本の奥行を模索する。
思考し試行し発見し続けることで人物は作品は段々とブラッシュアップされ、様々の手助けを借り、お客様の前にお目見えする。(どう客席とアダプトするかも、実は稽古場で試行され、変化をしている)
相手がいる、他者との繋がりが際だって大切なのである。

「表現したい!観てもらいたい!目立ちたい!」
そんな思いから始まったはずの、非常に「自己満足、自己陶酔」的な自分の「忠実」から発進した末、
他者との「誠実な関係」を頼りに、「変化」に敏感になり、客席にまで「誠実」であろうとする。
実は他者に「誠実」でなければ成り立たないのだな演劇って。
だから「独りよがり」ではダメだ。

そういう意味で、「客席」に「誠実」であろうとする時点で、
お金をいただき、そのための時間をもらっている時点で、
プロもアマもない。
やらなければいけないことは決まっている。


政治家に見せてほしい顔は、自分に忠実な顔じゃない。他者に誠実な顔である。……なんてえらそうなことを言ってると、こっちが横っ面を張られるかな。

⬆朝日のコラム天野さん

を見て、そんな事を思ったのだ。
あと少し、だけどやれることは沢山ある。



2012年02月04日(土)
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